3
ナティが言った通り、そんなにも遠くない所に町はあった。時刻が遅いこともあって、町はひっそりとしている。街灯ももう消えていた。
あまり整備されていない道を歩いて行くと、やがて、大きな旅館らしき建物に行き着いた。
まだ誰か起きている証拠に、門の前には明かりが、そして建物の一階の一室にも明かりが見える。
ユメたちは取り敢えず、正面の扉の呼び鈴を鳴らしてみた。
一時して、あの明かりの点いていた部屋の方から扉の開く音が聞こえ、そしてユメの前の扉が開かれた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けた男がそう言ったことで、ここが宿であること、そして自分たちがここに泊まれることが分かった。
男が、消されていた休憩室と会計の明かりを点ける。ここでやっと、お互いの顔をはっきりと見ることができた。
男は金髪に青い目の、典型的なウィケッド人だった。年齢は分からない。二十過ぎとも見えるし、四十は越えていると、とも見える。
男の方は、ユメたちを見て驚いている様子だった。いや、ユメたちをというより、セイとカムを見て、だ。二人の黒い髪と瞳を見ている。
ローリーが皆から一歩前に出て、男に話しかける。
「部屋はありますか?」
男は我に帰ったように、泊まり客の居る部屋などが書かれた帳面をめくった。
「四人用の部屋が一つと一人部屋が五つ、空いております。いかがしましょう?」
今居るのは男三人、女三人の六人だ。どう考えても、四人部屋は必要だ。
ローリーは四人部屋と一人部屋三つを言った。
男が、鍵を金属製の盆に乗せてローリーに渡す。
「料金は前払いになっておりますので」
ローリーが紙に自分の名前を書いていると、男が言った。
ローリーが顔を上げる。
「食事は別料金です。その場合は食券をまず買って頂いて、それを食堂に持って行って下さい。今払って頂くのは泊まりの分だけです」
お金は、ローリーと交換するために持っていたものがあった。その中からいくらか払うと、鍵の番号の部屋を探した。
セイが、
「わたしたち三人で四人部屋を使うわ」
と、言ったので、女三人は広い四人部屋へ、男三人は各部屋へ入った。
皆疲れていて、寝台に入るとすぐに眠った。
翌朝、外が薄明るくなった頃、ナティは目を覚ました。正確に言えば、覚まされた、となる。
扉が叩かれている。
誰だ、今頃……
そう思いながら扉を開ける。
外に立っていたのはローリーだった。
「話があります」
そう言って、ローリーが部屋に入る。
「何ですか?」
「ナティ、あなたはやはり、ユメたちと行くのですか?」
ローリーが、扉を閉めるナティの後ろ姿に向かって言った。
「ええ、勿論です。俺はあなたにどう言われようと、やめる気は――」
そう言いながら振り返ったナティに、ローリーの持つ剣の切っ先が突き付けられる。
「何のつもりですか」
ナティがローリーを見る。自分に突き付けられた剣を恐れずに。
「ナティ、わたしもあなたと同じです。ユメと一緒に行きたい。けれど、ユメは一緒に行く仲間を増やそうとはしない。それなら、もし仲間が一人、足りなくなれば……きっとユメはわたしを選んでくれるでしょう」
ローリーが言った。そして、少し剣をナティに近づける。
「このまま殺されたくはないでしょう。剣を――」
「あなたは――!」
言いかけたローリーを止めるように、ナティは叫ぶ。ナティに、相手を嘲るような笑みが浮かんだ。
「――ユメが欲しいんだろう? ユメと一緒に行きたいのではなく、ユメ本人が。ユメさえ居れば、魔がこの惑星をどうしようが、知ったことではない、そんなものだろう」
続けて言う。
「そんなにユメが欲しいなら、直接ユメに言えば良いだろう。俺に遠慮することはないんだ。……ユメなら……相手があんたなら、嫌がりはしないだろう」
最後の台詞を言うのはナティ自身、ためらった。その台詞は、ユメの中の自分を否定することに、他ならなかったからだ。
自分にはできない。そのようなこと、決して。
ローリーが居なくなったことを聞いた時のユメの驚きようは、ナティの想像以上のものだった。そして、その後の、トライへの怒ったような一瞥。
「剣を取りなさい。あなたの剣を」
ローリーは、ナティの言葉はまるで耳に入らなかったように、先の自分の言葉にそう続けた。
ナティが自分から剣を取る様子がないので、ローリーは諦めたように剣を下げた。そして、荷物の中から、ユメがナティに投げた、あの女の剣を捜し出す。
ローリーはそれをナティに投げ渡す。ナティはそれを受け取った。
ナティにそれまであった笑みが姿を消す。
「本気、なのですか?」
ローリーが自分と闘うまで、引きそうにないことを感じたナティは、そう聞いた。
――そうです。
そう、ローリーの唇が微かに動いた気がした。
次の瞬間、ローリーはナティへ斬りかかった。
ナティはそれを、鞘をしたままの剣で受ける。
「瞬発力はユメ以上ですよ、ナティ」
ローリーが言う。ローリーがナティを褒めたのは、それが初めてだった。
「本気、かよ……」
ナテが口の中で呟く。
鞘は寝台の上に投げた。
「あなたの挑戦、受けましょう」
ナティは寝起きだ。鎧など付けているはずがなかった。そして、なぜかローリーも、最初からナティと闘うつもりでいただろうに、鎧を着ていなかった。
ローリーの剣が、ナティの胸に向かって真っすぐ突かれる。ナティはそれを左へ避けて躱す。
魔法を使えば、ローリーと闘わずにこの場は切り抜けられるかもしれない。けれど、ナティはそうしなかった。これは、一方的にやられているのではなく、きちんと申し込まれた決闘だったからだ。
力の差は、闘う前からはっきりしていた。ローリーが鎧を着ていないのは、ナティの力を甘く見てのことなのか。ともかく、この力の差はどうしようもないものだった。
お互いに、かすり傷なら作っているが、それより深い傷はない。
「いつの間に、そんなに巧くなったのですか?」
ナティの剣をことごとく躱しながら、ローリーが囁くように言った。明らかに、ナティをばかにしている。
ナティは何も言わなかった。
ナティの剣の動きが止まった一瞬に、ローリーがそれまで防ぐのに使っていた剣を、攻撃のためにナティへと振り下ろす。
それをナティが剣で受ける。押し合いのような形になった。
ナティの剣が弾かれる。
もしこの時、剣の音を聞いたユメが入って来なければ、ナティは確実に命を落としていただろう。
どんな手練でも、隙はできるものだ。
ユメが部屋の扉を開けた時、ローリーに微かな動揺が起こった。ユメルシェルという、ローリーの弱点が、勝敗の行方を変えた。
床に落ちた剣をナティが拾い、そのままローリーの胸を狙った。確実なダメージを与えるために。
ナティの剣は、ローリーの胸に突き刺さった。
ローリーの手から、剣が離れる。剣を引き抜かれたローリーは、支えがなくなって床へ倒れた。
「ローリー!」
叫んで、ユメがローリーへ駆け寄る。
血が、床へ広がってゆく。
ローリーは、血の噴き出る胸の傷を、押さえようともしなかった。痛みがかなりひどいはずなのに、苦しそうな顔を見せない。
「ナティ、傷の手当を……」
ローリーを傷つけたのがナティであることは、目の前で見て知っていた。しかし、それでもユメはナティを呼んだ。ローリーは自分の力では助からない。ナティなら、自分よりも……
「ナティ、どうしてだ? ローリーを!」
ユメが立ち上がってナティを見る。
「いいんですよ、ユメ」
ローリーが、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ユメに言った。
「ユメ、ナティ、あなたがたに……、」
言いながら、自分の剣に手を伸ばす。
「あなたがたに、幸せが訪れますように……!」
手に持った剣で、ローリーは自分の腹を切った。
腹からは、あの蜘蛛が這い出てきた。ユメはその蜘蛛を、ローリーの剣で突き殺した。
|