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最後の戦士達

「明日、いよいよ出発ね」
 シュラインがカムに言った。
「出発する前に、約束して欲しいことがあるの。この約束をしてくれるのなら、前の約束はもういいわ」
「どんな約束だ?」
 『ここから連れ出す』――この約束を取り消しても良い程の別の約束。それが何なのか、カムにはすぐには分からなかった。
「魔を倒して、全てが終わったら、わたしと結婚して下さい」
 シュラインがカムを見つめる。
 シュラインはコヒの神子だ。神子は、実質はどうであれ、国王などに並ぶ最も高い身分である。シュラインにそのつもりはないのだろうが、それは命令と言っても良かった。
「分かった」
 カムには迷いがあった。選べない道の分岐点に立たされ、道を選ぶことはできないと知りながらも、それに従うことは辛かった。もとはと言えば、自分の蒔いた種なのだ。
「有り難う、カム。それじゃあ、あなたの名前を教えて」
 シュラインが言う。
 シュラインが聞いた『名前』というのは、普段使う姓と名の後に続く、第二の名と呼ばれる、特別な時にしか使わない名前だ。
 特別なとき、それは生まれて名を付けられるとき、結婚するとき、死んだときの、一生に三度ほどしか使わない。だから当然それを知る者は少なく、本人と両親、それにその配偶者だけだった。
 死んだときにははっきりとその名が他の人々にも伝えられる。ローリーもそうだった。
 この場合は結婚のとき、と考えて良いだろう。
「モカウ=カムスティン=ツツダ・エツ」
 カムがその長い名を、シュラインに伝える。
 シュラインもそれを受けるように、自分の名を言った。
「私はビョウシャ=シュライン=スシャザ」
 本人と両親と配偶者しか知らないその名を伝え合ったことで、二人の結婚は約束されたものとなる。

 シュラインは、カムと婚約できた事を兄に伝えようと、部屋の扉を叩いた。
「ナティ、居ます?」
 扉が開かれる。
「どうぞ」
 不機嫌そうな顔をしたナティが、そう言ってシュラインを部屋に通した。
 不機嫌ではあるが、それでも部屋に通してくれたのだから、今朝に比べると良い方だ。
「聞いて、ナティ。さっきカムに婚約して下さい、って頼んだんです。カムはいいって言ってくれました」
 シュラインが嬉しそうに言う。
「良かったな」
 ナティも微笑んだ。
 しかし、それは心からの物ではない。シュラインはそう思った。
「ナティ、なんだかあまり喜んでくれないんですね」
「そんなことはないさ」
 ナティが作った笑顔のままで言う。
「いつものナティなら、もっと喜んでくれるはずです。そんな作り笑いなんかせずに」
 シュラインがそう言って、ナティを見た。
 男と女なのに、顔は恐ろしいほどに似ている。もう少し時が経てば、ナティの方はもっと男らしい顔立ちになるだろう。
「まだ、ローリーを殺してしまったことを気にしているの?」
「……人を殺すのがこんなに嫌なものだとは、思わなかった。罪になるのが怖いんじゃない。罪になって罰せられる方が、気が休まるくらいだ。これからずっと、こうやって魔に取り憑かれた人達を殺していかなくてはならないのかと思うと、自分が殺された方がましだと思える」
 ナティが自分の額に手をやる。
「この世界に生きる全てのものは、他の生命との生存競争をして生きてきたわ。人間同士でもそれはあるわ。戦争なんか、その代表だし。でも、生きるために他の生命体を殺したのなら、そのものたちの分まで生なきゃ。共倒れなんて無意味だわ」
 シュラインがナティにそう言った。しかしそれは、どちらかと言えば、独り言に近かった。
 シュラインは自分に言っているのだ。そうでも言わないと、ナティを正当化できないのだ。そうしないと、ナティは自分の犯した罪に一生追われることになるし、またこれからの闘いを否定することにもなる。
「言いたかったのは婚約のことだけだったのに、余計な話をしてしまいましたね。死のうなんては考えないで下さい。あなたには、守らなくてはならない者がいるのでしょう? その者を守るための闘いは、間違いではありません」
 シュラインはそう言って部屋を去った。
 一時してからナティは言った。
「廊下に居るのは誰だ。俺に用があるんだろう?」
 入って来たのはユメだった。
「ずっと居たんだろう?」
 ナティが尋ねると、ユメは頷いた。
「すまない。立ち聞きするつもりはなかったんだが……」
「いいさ。外に誰か居ることは分かっていたんだ。聞かれたくない話なら、先に言って戻って貰えば良かったんだしな」
 そう言うナティは昨日からの暗さが無くなっているようだった。
 シュラインは、外にユメが居ることを知っていたのだろうか。
 ナティは思った。
 知っていて、わざとあんなことを言ったのか? 俺の守らなくてはならない者、か。
 目の前に立つユメは、確かにナティにとって守らなくてはならない者、その人であった。立ち聞きしていたとはいっても、シュラインが言ったことが自分のことだとは思わないだろう。
「ナティ、明日の出発の時に持って行く物の事だが……」
 ユメが話し始める。
 話が一段落したところで、ナティが言った。
「ユメ、人を殺すのは辛くないか?」
「そんなことはないぞ」
 そう言ってから、ユメは決まりの悪そうな顔をした。そう言うと、ナティが呆れるような気がしたのだ。
「いや、確かに、俺は辛いとは思わない。でも、」
 急いで言い直そうとするが、『でも、』でユメの言葉は途切れた。
 これから言おうとすることは、ユメにとってあまり思い出したくない出来事に関係していた。始めて人を殺したときのことだ。
「始めて人を殺したときは、……自分で自分が恐ろしかった。確かに辛くもあったが、それよりも、なぜ殺してしまったのか、と。俺は……」
 ユメはその時を思い出しながら言った。しかし、それ以上は思い出したくない、思い出してはいけないという歯止めがかかって、言うことはできなかった。
「ユメ?」
 ナティがユメに声を掛ける。
 ユメは溢れる悲しみを胸の奥に留めた。ナティに覚られないように、だ。
 ユメが初めて人を殺したのは、大会の時ではなかった。
「だから、かもしれない。初めが辛すぎて、次からは何とも思わなくなった。まるでその部分の感覚が麻痺したように」
 平気で人を殺せる。殺すことを楽しんでいるようにさえも見える。そう見えるユメの過去は、一体どんなものだったのだろうか。
 ナティはユメの話を聞いてそう思った。
「ユメ、俺がローリーと闘うことになったのは……」
「教える気になったのか?」
 ナティが言いかけると、ユメが言った。
「お前がそれを教えてくれても、俺は言わないぞ」
 ユメは、ナティが交換条件を持ち出すことを先読みしたらしい。
「分かった。じゃあ俺も言わない。さっきはつい言いそうになったが、やはり、ユメは知らない方がいい」
 ナティは苦笑してそう言った。
 ユメが初めて人を殺したのは、九年前、ユメが七歳の時だった。

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