index>総合目次>最後の戦士達TOP>5-5

最後の戦士達


「全く、デイのどの辺りかも分からないなんて、探しようがないわ」
 シュラインが一枚の地図を広げて、それを見ながら言う。デイの全体を描いたその地図では、あの小さな泉から流れる小さな川が表示されている訳もなかった。
 少し離れた所で同じように地図を広げているサプライに目をやる。サプライは顔を上げ、首を横に振った。そのサプライに、横に居たベナフィトが一冊の本を渡す。ベナフィトは別の種類の地図を見ていた。ベナフィトが見ているのは大雑把な地図ではなく、細かな所まで区域ごとに描かれている物だ。
 見る地図が手元に無くなったシュラインは、ライトを呼んだ。
「もっと古いもので構わないから、詳しい地図を持ってきなさい」
 ライトは軽くシュラインに向かって礼をすると、地図を取りに行った。
「ああ、ライト。今のところ、これだけあったわ」
 スウィートが机の上に重ねた分厚い本達を指して言う。三冊ほどあった。
「なんでデイの地図がこんなにあるんだ? 一冊ありゃ十分じゃねえか」
 言いながら、ライトは机に座る。
「わたしも同感だわ。はっきり言って、神子が言うような小さな川なんて見つからないと思うもの。沢山地図があったところで、どれもこれも同じ事しか描かれていないんだし」
 また一冊、上に重ねられた。
「でも見つからなかったらやばいよな。一応、あいつら遭難してんだし」
「泉があるから水には困らないだろうけど。そろそろ食糧なくなるんじゃないかしら」
 スウィートがまた見つけたデイの地図帳をパラパラと捲りながら話す。捲ったところで、スウィートには見えていないのだが。しかし、そうしているところを見ると、目が見えないというのは嘘のようだった。宮の、そういう者への配慮は行き届いていて、不自由せずに暮らせる設備が整っていた。目の見えないスウィートがデイの地図を探せるのも、全ての本の背表紙に、分かるように凸凹を刻んだ薄い金属の板を貼り付けてあるからだ。
「いつまでもこんな所に居たら、神子に叱られるわよ。これを取りに来たんでしょう?」
 持っていた一冊を本の山の上に重ねると、スウィートは椅子から降りた。
「はいはい」
 ライトはその本の山を両手で抱えて、シュライン達の所まで戻った。
 シュラインはその中の一冊を手に取って見た。
 ライトも別の一冊を見てみた。適当に捲った頁の地図に川の図を見つけて、ライトは一瞬、自分の目を疑う。そしてそれが見間違いでないと分かると、今度は背表紙にあるはずの地図の出版年を探そうとした。
「どうしたのですか、ライト」
 シュラインが尋ねる。
「ありましたよ、神子。川です。シェアーやグループスの二つの都市じゃなくて」
「見せて」
 言って、シュラインがライトの持つ地図を覗き込む。
「何、これ。何か書いてあるわ。町の名前かしら。……ヴェ、リ、アス?」
「ヴェリアスですって?」
 ベナフィトが声を上げる。
「それは何十年か前に廃墟になった町です。すっかり忘れていましたわ。そうです。そこなら川があったわ」
「そうじゃの。シェアーやグループスからの位置関係も、良い位になる」
 サプライが言う。サプライは、その何十年か前に、最後までヴェリアスに残っていた人々の一人だった。なぜヴェリアスから人が居なくなったのか、当時はサプライも幼かったので詳しい話は聞いていない。ただ暮らせなくなったのだと聞いて、砂漠化が進んで水も食べ物も無くなったのだと思っていたのだが、人が居なくなったおかげで、枯れずに済んだのかもしれない。
「それでは、ナティ達が居る森は、この町の跡ということで、ほぼ間違いないんですね?」
 シュラインが、ベナフィトとサプライに向かって言う。
「確かにとは言い切れませんが、おそらく」
 ベナフィトが答える。
 シュラインはライトの手から地図を受け取ると、広間に置いてある通信用の石に手を置き、地図を傍らに広げた。
 途端、シュラインに伝わったのは、カムの声だった。
『……必要はないだろ?』

「セイは、俺のことをどう思ってるんだ?」
 カムがセイに言う。
 セイはカムに背を向けたまま、首を横に振った。
「そんな事、今更聞いてどうするの? もう、どうだって良い事でしょう?」
「違う。セイにとってはどうか分からないけど、少なくとも、俺にとっては大切な事だ」
 言って、カムはセイを後ろから抱きしめる。
「セイが好きだ」

 そうカムが言った時、シュラインは赤い石を台から落としそうになった。それを止めようとして両手で支えた時、セイがカムに向かって叫んだ。
『シュラインはどうするの? 婚約してるのよ? シュラインが居ないからって、わたしを誘惑しないで!』

 カムの腕から抜けると、セイはカムから数歩離れた。
「違う。シュラインが居ないからとかじゃない。俺が好きなのはセイだけだ」
 言って、カムはなぜそこまで言えたのか不思議に思った。
 完璧に落とせると思った相手以外には、そんな告白をしたことは無かったのだ。セイはそうではない。今はとても不安定で、いつも手元に置いていないと自分まで不安になる。だから。
「何言ってるの。カムはシュラインと好き合っていたから婚約したんでしょう?」
 セイはカムが好きだ。だから、カムが自分を好きだと言ってくれることは嬉しい事のはずだった。だが、婚約という約束までした相手を放り出すようなことは、して欲しくないのだ。
「……分からない」
 シュラインのことは、嫌いではなかった。十分に美人だし、カムの好みとも合っているし。本当に嫌だったら、シュラインが例え一国の女王だったとしても断っていただろう。
「俺は、初めて会った時からセイが好きだったなんて事は言えない。でも、今はお前が、セイが一番好きだ。愛している。シュラインのことはどうか分からない。それでも、セイを好きだという事は、はっきり分かる」
「そんなこと……、婚約する前に言ってくれれば良かったのに」
 セイは静かにそう言って、困ったような表情のまま微笑んだ。

「ああ、神子。もうユメルシェル達には伝えたのですか? ヴェリアスのことを」
 ベナフィトと廊下で会って聞かれる。
「……ええ。ですから、もう大丈夫でしょう」
 シュラインは床に目線を落としたまま、そう言った。
 カムは私と婚約したのよ。それなのに、その神聖な約束を破ってまで、セイを好きだと言えるの? いいえ、カムは渡さないわ。セイウィヴァエルにも、誰にも。カムが私以外の人を好きだと言っても、私には婚約という武器があるわ。カムは誰にも渡せない。
 暗く長い、広間と自室を繋ぐ通路を、シュラインは一人で歩いていた。
 決められた範囲内から出ることができない神子。カムが、自分をここから連れ出すと言ってくれた時、どんなに嬉しかっただろう。

 コヒの宮はまだ明るかったが、ユメ達が居る森では既に日は地平線の向こうに沈んでいた。トライはセイ達と別れた分岐点に立って、二人を待っていた。
 足音が聞こえ、カムとセイが来る。
「遅かったね。二人とも、どうしたの?」
 手入れされていない森の中を歩いたにしても、それだけとは思えないほど泥だらけになった二人を見て、トライが言った。
「妙な獣が居たんだ。巨大で怪力の。なんて説明したら良いかな。まるで、何億年も昔に栄えた蜥蜴のような」
「それは恐竜っていうのよ」
 カムの答えにセイが付け足す。
「でも、あれは恐竜なんかじゃなかったわ。もっとわたし達に近いっていうか、哺乳類っぽかったもの」
 歩きながらセイが話す。
 月が出ていたので全くの暗闇という訳ではなかったが、木々の影になって足元はほとんど見えなかった。それでも、石畳の道を歩いているうちは良かったが、それが途切れると、先に進むのに躊躇いが生じた。
 カムが木切れを拾って、それに自分の服の裾を裂いて巻き付ける。右手をそれに翳して何か呪文を唱えようとした時、セイが止めた。
「駄目よ! まだ傷は治ってないわ。そんな状態で魔法なんか使ったらいけないし、」
 焦ってカムを止めたセイだったが、少し冷静になった。
「それに、ここ魔法使えないんじゃないの?」
 カムの表情が「しまった」と言っている。
「使ってみなきゃ分からないだろ。あの化け物にだけ効かなかったのかもしれないし」
 せっかく松明用に自分の服を犠牲にしたのだ。ここで引き下がる訳にもいかなかった。
「そんなに言うなら、わたしがするわ。カムはまだ魔法を使わないで」
「セイこそ疲れてるだろ? 俺が――」
「せっかく譲り合ってるとこ悪いけど」
 カムを遮るように、トライが言う。
「無理して明かり点けるより、月も出てるんだし、暗くても良いから行こうよ」
 結局、月明かりに頼ることになった。
 月明かりに頼ったのも束の間で、すぐに向こうからランプを持ったユメと、その後ろにナティが見えたのだった。

「巨大な獣?」
 テントに着くと、話題はセイ達が会った獣のことになった。
「ええ。その手の平が、丁度わたし達くらいの大きさなの。すごい爪を持っていて、それでカムが」
 セイがそう言ってカムの方を見る。カムはナティに薬を塗ってもらっているが、時々痛そうに顔をしかめている。
「それに、魔法もここじゃ使えなかった」
 カムが言う。
「この森全体にその手の結界が張られているのかもしれないな。だが、そうだとしてもカム達が出会った獣は一体……」
「そうだな。そんなに巨大な生物が普通に生息しているとは思えない。だが、命令する人も居ないようなら、ライトが使っていた召喚魔法とも違うようだ」
 ナティの後に、ユメが続けて言う。
「ねえ、それにしても、まだシュラインから連絡はないの?」
 トライがナティに向かって言う。自分達には確かに連絡は無かったが、ナティには来たかもしれないのだ。
「ああ。ただ、」
「ただ?」
 トライが言う。
 ナティは思案顔でそれに答えた。
「少し前に一度、意識が開かれたような気がしたんだ。かなり長い時間だったんだが、何も言わずに閉じてしまった」
「少し前って、どれくらい前?」
 セイが身を乗り出して聞く。
 何か思い当たることがあるのか。
「日が沈んだ頃から、俺たちがセイ達を探しに行こうとした時までだ」
「じゃあ、まさか」
 わたし達の会話を、シュラインに聞かれたのかもしれない。
 カムを見る。
 カムもセイを見た。二人とも同じ考えなのだ。
「俺、ヤバイ時に言ったのか? そうだな。あれをシュラインが聞いていたら、さぞ怒るだろうな」
 カムがそう言って、前髪を掻き揚げる。
 何がどうしたのか良く分からないユメ達三人にも、カムの焦りだけは漠然と分かった。

next

作品目次へ 作品紹介へ 表紙へ戻る

index>総合目次>最後の戦士達TOP>5-5