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最後の戦士達

 とりあえずの危険は去った。しかし、カムの怪我が酷くて動かす事ができない。
 どうしたら良いの?
 魔法は結界がある限り使えないのだ。その上、今度のカムの傷は、セイの『気』の治療では気休めにもならない。
 でも、やれるだけやってみよう。
 セイはカムの傷に手を翳した。深い、引掻かれたような傷。セイの『気』の治療は傷を直接治す物ではなく、体力を回復させ、傷の回復を少し促進させるだけだ。これだけ傷が深いと、体力が戻ったところで、カムは身動きできないだろう。出血が多いのも気に掛かる。
 わたしじゃ無理だわ。ナティ達が来たところで、魔法が使えないんじゃ同じだし、それにあの三人だって、きっととても疲れてる。結界さえ破れたら……。
 セイはカムの乱れた髪を撫でた。このままでは死を待つばかりだ。
 愛する人が死にそうなのに、わたしは何もできない。シュラインなら、結界を破ることができるかもしれないのに、わたし達のせいで、シュラインは連絡をくれないわ。せめて、こちらから知らせることができたら。
 下を向いて涙を拭おうとして、防具に付いた石が目に入る。赤い半透明のその石は、皆の防具に必ず付いていた。防具に付けられた宮の紋章の中央にあるその石で、シュラインは自分達と話せるのだ。という事は、この石がシュラインと繋がっていると言っても良かった。
 この石、この石に何らかの形で力を与えれば、シュラインが気付いてくれるかもしれない。
 セイはそう思うと、カムが常備している短剣を手に取った。
 短剣を、自分の服の胸に付いている石に向かって突き立てる。探検の切っ先から、細かな皹が数本、綺麗に磨かれた石に走った。

「!」
 不吉な感じに、シュラインは目を覚ました。
 なにかしら。わたし、何か夢でも見ていたのかしら。
 しかし、夢など見ていた覚えがない。思い出そうとして悪寒が走った。さらに『何か』がシュラインの脳裏を過ぎる。
 すごく嫌な予感がするわ。なぜ? まさか、カム達に何かあったんじゃ。
 今までシュラインは予感と言えるものを感じた事は無かった。だから、さっきの感じが予感なのかどうかは分からない。
 いいわ。とにかく、確かめてみましょう。それで何も無ければ寝てしまえば良いんだから。
 シュラインは裸足のまま、広間へと向かった。
 広間に着いたシュラインは、不安はあったものの、それが確かなものではなかったから、まず広間の明かりを点けた。それから、ナティに渡した石の片割れを持つ。
 ナティ、聞こえますか? ナティ。
 しかし、ナティからの返事は無かった。多少の時差があるとは言え、ナティ達が居る所も夜なのだから寝ているのだとも考えられるが、返事が無い事はシュラインをそれまで以上に不安にさせた。
 隣に置いてある赤色の石に手を置く。
 皆さん、聞こえますか?

「シュライン。良かった」
 シュラインの通信に、セイは喜びの声を上げる。
『セイ?』
 返ってきたのは、シュラインの不服そうな声だった。
 だが、セイにはそんな事に文句を言っている暇は無いのだ。
「カムが大変なの。大怪我をしてしまって、それなにに、この辺りには結界が張られていて、魔法を使えないの。お願い、シュライン。あなたなら結界を破れるわ」
 早口にセイは言う。
『待って、セイ。あなた、石をどうしたの? 反応がおかしいわ。まさか、石を傷つけたりしたんじゃないでしょう?』
「シュラインを呼ぶにはこうするしかないと思ったの。そんな事より、早く結界を。カムが死んでしまうわ」

 カムとセイ、そしてユメ達三人の姿は順に、赤い石に映っている。カムが映る時だけ、靄が掛かったようになるのだ。それは、それを見ている者の石が傷ついている印だった。
 シュラインは片手を石に、残りの手を自分の額に当てると、強く念じた。

 結界が無くなったのはセイにも分かった。
「ありがとう、シュライン」
 とりあえず礼を言う。
「ザゴデガギ」
 初歩的な回復呪文だったが、今のセイにはそれくらいの魔法しか使う事ができなかった。それでも、傷を塞ぐくらいはできる。
 カムが目を開ける。
「……セイ。一体、どうなったんだ?」
 言って起き上がろうとするが、まだそこまでは回復していなかった。
「魔物はどこかに行ったわ。わたし、ユメ達を探してくる。だからここで休んでて」
 セイはそう言うと、道を戻り始めた。三人の気は感じているので、生きている事は確かだった。
「ユメ」
 最初にユメの姿を見つけてその名を呼ぶ。
 ユメはトライとナティに、薬のような物を飲ませていた。水は持っていなかったはずだが、水を使って飲ませている所を見ると、どうやら泉まで戻っていたらしい。
「セイ、無事だったか。カムは?」
 セイの顔を見れば、聞かなくても分かる事だったが、敢えて聞いた。
「ええ。カムも大丈夫よ。シュラインが結界を破ってくれて、魔法が使えたから」
 セイは本当に嬉しそうに言う。
 ユメも笑ってそれに答えた。

 トライが気付くと、そこは、テントの中だった。気持ち悪さが込み上げてくる。魔物に腹を蹴られたせいだった。
 しかし、もう寝ていなくても大丈夫そうだった。
 テントから出ると、外はもう朝になっていた。セイが焚き火の前で座ったまま眠っている。
「トライ、目が覚めたのか。体の調子はどうだ?」
 ユメが水筒を持って泉の方から来た。
「おはよう、ユメ。ちょっと気分が悪いけど、もう大丈夫みたい。ナティとカムは?」
「? テントに居ただろう? あの二人はまだ眠っているさ。ナティはともかく、カムの方は酷い傷だったから、そんなに簡単には目覚めないだろうな」
 テントを見て、それから燻っている火の前に座るセイを見る。
「看病疲れだね」
 トライが言う。
「ああ。それに、魔物とも戦ったしな。俺が水汲みに行く前はまだ起きてたんだけど」
 ユメが言いながら、水をコップに注いでトライに渡した。
「ありがとう」
 そう言って、コップを受け取る。水は冷たかった。
「きゃ……」
 座っていた石から滑るようにして地面に腰を着いたセイは、それで目を覚ました。
「あら? わたし、寝てたのかしら。あ、トライ、おはよう」
 独り言のように言って、それからトライに言う。
「おはよう」
 トライも挨拶を返した。
「なんだか、女の子が元気で、男の子が二人揃ってまだ寝てるなんて、変な感じしない?」
 セイが笑いながら言う。ユメが水筒を持ってテントに入るのが見えた。
「わたしはカム達に看病されるのも嫌だけどね」
 冗談で、トライが言った。
「そうね。男が寝込んでるのも変だけど、男が看病してるのも変よね」
 そう言ってから、カムが『死ぬかもしれなかった』時のことを思い出して、セイはぞっとした。
「あれ? セイ、胸のとこの石、どうしたの?」
 赤い石に皹が入っていることにトライが気付く。
「うん。ちょっとね。でも、これのお陰でシュラインと連絡が取れたの」
 セイはそう言って、石に手を触れた。
 カムの短剣で刺したのだ。あの短剣は、ユメを刺した物だったのだろうか。
 ユメを殺そうとしたことで、皆からの信用を無くしたカム。あの時は、ナティが一番カムを疑っているように思えた。ナティがローリーを殺した時、セイがナティを信じられなくなったのは、そのせいでもあった。

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