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最後の戦士達

 何てことをするのかしら。あの石は、装備していれば体力回復の手助けをするものなのに。説明していなかったとは言っても、どちらにしろ、もしセイに何かあったら、私のせいだわ。
 シュラインは、一人で朝食を取りながら思った。
 あの時、石に映った様子を見ると、何者かと戦った後のようだった。ということは、セイも戦っているはずなのだ。あの石は、戦いで使った力を回復させるのに大きな役割を持つのだ。
 私が意地を張って連絡をしなかったから、セイは石を壊してまで、私にカムの危機を知らせようとした。
 シュラインは食事をする手を止めた。
 カムが、セイに好きだと言ったことは、シュラインにとって非常に衝撃だった。だが、だからと言って、兄であるナティにさえ連絡することを拒んだとは、なんと大人げないことだろう。シュラインは旅に直接参加していないとは言え、コヒからの使者としてユメ達をキフリに向かわせた以上、責任者なのだ。そして、宮の最高位の神子として、あのような態度は取るべきではなかった。
 宮での雑事を任せているインバルブを呼んで、食器を片付けさせるように言う。まだ料理は半分以上残っていた。
「どうなさったのですか、神子。昨夜からほとんど食べていらっしゃらないではないですか」
 インバルブが、部屋を出ようとするシュラインに向かって言う。
 インバルブはライト達と同じで、宮の祝であったが、宮での身分はライト達より下だった。祝は全国から適当に選ばれるのだが、その中でも特に秀でた能力を持つものは、宮の中で比較的高い位につける。その位を決めるのは神子と、前々から宮で暮らす、今で例えるならサプライのような者達で、位は年齢と関係がない。インバルブはスウィートより年上だったが、スウィートにも従わなければならず、この制度に不満があるようだった。
「使いに出した者が通信に使う石を割ってしまって、心が重いのです。それだけですから、心配しないでください」
 ここで一番若い私が、ここの責任者で最も権力があるなんて、インバルブにとっては悔しいものでしょうね。
 シュラインはそれだけ言って、部屋を出た。
 サプライのように気の良い人、ベナフィトのように月神を信じる者、年齢が近い若者達は、シュラインの言うことを文句も言わずに聞いてくれた。しかし、そうでない者達は……、皆自分に反発しているように思えた。その反発は位が低いことへの物かもしれない。それとも、神を頑なに信じまいとする心からなのか。
 目に見えない神というものを信じない者は多いが、その中でも、心のどこかで、神にすがろうとしたことがある者はかなり居るのではないだろうか。ただ、その神というのが、シュライン達の信仰する月神と同じものという訳ではない。
 神とは、誰もが持つ大いなるものへの憧れが生み出した幻影。
 シュラインは、実体を持つ、あるいは持っていた神など居ないと考えている。過去に神と呼ばれた偉大な人物も居たが、あれもただそう呼んだだけで、幻想が生んだ尾ひれがその話に付いているのだ。神や魔が関わる伝説や神話など、結局は人が作ったものだ。
 宗教も同じだ。神が作ったのではない。人が作ったのだ。
 その宗教の一派の頂点に立つコヒの神子。双子でありながら、なぜ自分だけ家族と別れて暮らさなければならないのか。神子であるシュラインにも分からないことはあった。いや違う。神子は、宮と宗教に対しては知る権利を持っていた。シュラインに分からないのは、周りの国を治める大人達の意向だった。
 シュラインは息を深く吐いて、意識を切り替えた。そんなことを考える為に、食事を途中で切り上げた訳ではない。
 客が来る時以外は滅多に使わない広間の、神子の為の椅子に腰を下ろす。ここに、あの石があるのだ。カムの告白を、シュラインまで聞く羽目になった、あの赤い石が。
 カムの言葉を、カムの気持ちを、知らなかったら私は、こんなに二人を憎く思わずに、皆の帰りを待てた。でもなぜ、カムはセイのことを好きなら、私と婚約してくれたの? わたしが神子だから?
 肘掛に置いたシュラインの手が震える。
 神子は身分が高いから、だから、言う事を聞かなきゃならないって、そう思ったの? どうして。嫌なら嫌と、あの時、わたしがあなたに婚約のことを言ったときに、言ってくれれば良かったのに。
 もしあの時カムに断られていたら、シュラインは泣いて、今以上に悲しい気持ちになっていただろう。しかし、そうだとしても今のような屈辱を受けるよりマシだ。
 シュラインは石を手に取った。赤い石ではない。ナティに渡した方の石だ。
 ナティ。
『……シュライン? シュラインか。どうしたんだ、シュライン、何で今まで連絡をくれなかったんだ』
 最初の方は耳を塞ぎたくなる程大きな声だったのに、途中から小さな声になっている。テントの中にナティは居たのだが、カムが眠っているから、とユメに言われたからだった。
 ごめんなさい。でも、そこがどこなのか見当が付いたのです。
『そういうことなら、俺だけじゃなくて、皆にも知らせろよ』
 それは、まだできません。とにかく、そこはおそらくヴェリアスではないかと思うのです。
『そうか、分かった』
 そこで、シュラインは通信を終わろうと思った。が、ふと思いつく。
 ……ナティ、お願いがあるのです。
『なんだ?』
 あなたに渡した石を、プラスパーに飲ませてみてください。
『そんなことして大丈夫なのか?』
 その石はプラスパーに消化されて、プラスパーの体の一部になるでしょう。そうしたら、わたしがプラスパーを支配できると思うのです。
『わかった。でもこれで、俺だけに話しかけることができなくなる。それで良いんだな?』
 シュラインは頷いた。相手に見えないことは分かっている。自分に言い聞かせるために、頷いた。
 プラスパーに石を与えてもすぐに意識を支配することはできないと思います。明日には、皆さんに連絡することができると思います。
 暫くして、ナティとの通信が途絶えたことを感じる。人間ではないものの意識が流れ込んできたが、それはあまりにも小さく、支配するのは簡単そうだった。ただひたすらに、生きたいという気持ちが強く流れてくる。そこには戦いも愛も存在しない。
 大切にしなきゃ。
 意識を支配した後は、プラスパーはシュラインの意志で動くただの入れ物になる。例えプラスパーが死亡してもシュラインには何の害もない。けれど、彼(彼女?)の生きたいという思いを尊重しなければならないと、シュラインは思った。
 小さな命を前に、自分の嫉妬だとか憎しみだとかが、やけに小さく思えた。

 神子であるシュラインは、宮とその周辺の限られた場所から出ることは許されない。ナティや母と会うには、向こうから来てもらうしかなかった。だが母は病気で動けず、幼い頃はナティとも会った事がなかった。数年前からやっとナティが時々来るようになったのだ。生まれてから一度も会っていない兄を見ても、何の違和感もなかった。素直に兄妹であることを認めた。お互いに、よく似ていたからだ。
 四年前の大会の後に、ナティが宮に来た。その時は何度目かの訪問で、宮で働く者達もそろそろナティを覚えた頃だった。
 ナティも参加者として大会に出場したらしいが、当然のことながら、十二歳の少年では話にもならず、初戦で負けていた。だから、試合も最後まで観ずに早めに切り上げて宮に来たのだ。
 ナティは周りに他の人たちが居ないことを確認すると、こう言った。
「大会で、すごく可愛い子見つけたんだ」
 シュラインは一瞬ぽかんとしてしまった。だから何だと言うのか。その上、ナティが言うには、その子の名前も性別すらも分からないというのだ。ただ年齢は自分達と同じくらいということだけ分かっていた。が、それも本当にそうなのか。確かに小さな子どもでは男女の区別はつけ難い。それにしても、同性かもしれない相手を可愛いなどとよく言えるものだ。
 試合にその子も出ていたと言うから、その時に名前も言ったはずだったが、ナティはその子を見るのに夢中で、名前にまで頭が回らなかったらしい。
 その時のナティは驚くほどよく喋った。
 ただ、喋る内容はその子が可愛いということを色々な言い回しにしているだけで面白くなく、途中からシュラインは話を聞き流すことにしたくらいだ。
 ナティはそれからずっと、次の大会でまたその子に会えるようにと願い続けてきたのだ。結果については何も聞いていないのでシュラインは知らない。会えたのだろうか。四年前と今では姿も随分変わってしまって、会っていても本人だと分からなかった可能性もある。
 ナティの一途さをシュラインは最初全く理解できなかった。
 カムに出会って、やっと分かったのだ。
 周りが大人ばかりの中にいて、カムは新鮮な存在だった。シュラインもやはり、ナティと同じように、会えなかった二年の間ずっとカムのことを思ってきたのだ。

 石がプラスパーに吸収されるまでまだ時間が掛かりそうだった。
 シュラインは宮の裏の庭園まで行った。薔薇が植えてあるそこは、何度かカムを呼んで来て貰った場所である。シュラインはそこには立ち止まらず、庭を突っ切ると細い道を通って海岸に出た。海岸と言っても砂浜ではなく、崖だ。もっと小さかった頃は「近付くな」とサプライから言われたが、今では、さすがにそこまでシュラインの動向に干渉する者は居ないので、こうしてここまで来られるのだ。
 季節の変わり目にあって、海からの風が涼しい。しかし太陽は眩しく、熱かった。
 シュラインは広間からここに来るまで、ずっと握り締めていた石を見つめた。空よりも青い、そして何だかんだ言っても、結局あまり使わなかった石。カムに渡した石の片割れ。
 カム、あなたは酷い人。私をその気にさせたのは、あなたなのに。
 カムに聞こえたかもしれなかった。むしろ、聞こえていた方が後で説明する手間が省けて良いとすら思った。
 白い月を仰ぐ。二つの月は、とても近い所にあった。
「私は、モカウ=カムスティン=ツツダ・エツとの婚約を破棄します」
 シュラインは月に言った。そして、持っていた石を海に投げる。
 濁った海に、石は沈んで行った。

第五章 終 (第六章前編に続く)   

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