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最後の戦士達

第六章 (I)

帰郷、そしてまた旅立ち

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 ユメたち五人は、やっとのことでグループスにたどり着いた。
「一時はどうなるかと思ったけど、着けて良かった」
 セイが言う。
 かなり長い間歩き通しだっただったから疲れているはずなのだが、グループスに入れたので疲れていることなど忘れてしまったのだろう。セイの足取りは軽い。
 しかし、良い気分だったのも最初のうちだけだった。道行く人が、セイたちの横を怪訝そうな顔をして通り過ぎて行くのだ。
 最初は、それがなぜなのか分からなかった。が、やっと分かったとき、セイはつい笑ってしまった。
「どうしたの、突然笑い出して?」
 トライがセイに尋ねる。
「うん、通りかかる人達がみんなわたしたちを見るでしょう。何でかなって考えてたら、」
 言って、セイは自分の服の襟を引っ張って見せた。
「こんな変な服着てるんだもの。わたしのなんかまだいいほうだけど、ユメの鎧なんて、町中では無意味よね」
 セイの言う通りだった。通りかかる人が本当に服だけに気を取られていたのかは、はっきりはした事ではないが、鎧を着る必要などないのだ。その上、言われてみると、ひどく古臭い形ではないか。見慣れていたために気にも留めなかったが、町に入るとそのことが目立つ。
「……まあ、あと少しで家に着く。それまでの辛抱だ」
 あまり服装など気にしていないように見えるユメも、セイの言うことに尤もだと感じたらしい。苦笑いしながらそう言った。何しろ鎧はかさ張りすぎて、持って歩くのは大変なのだ。
 ユメたちの養父母は二人とも医者だったので、家は小さな医院の裏にあった。
 医院の門をくぐり、白いその建物の横を通って、久しぶりに家に帰り着いた。
「父様、母様――」
 最初に家に入ったユメが呼ぶ。しかし返事は無かった。多分まだ仕事をしているのだろう。
 ユメはナティとカムに、家に上がるように言った。セイとトライは自分の家なので、言われるまでのことなく上がっていた。
「大予言者ルーティーンの家だから、どんな豪邸に住んでいるのかと思ったら、案外普通の家なんだな」
 カムがきょろきょろと辺りを見回しながら言う。
 トライが小さく笑った。
「ここはね。病院の裏だからって、おじさま遠慮したんだよ。でも、近くに別邸があるんだけど、そっちの方はとんでもなくでかいよ」
 そのトライの言葉に、ユメが思い出したように言う。
「ああ、そうだ。もしかしたら父様たち、そっちの方に居るかもしれない。行ってみるか?」
 言われて、ナティとカムは頷いた。が、セイとトライは動揺を隠せなかった。つい最近まで、そこが自分たちの別邸だとは知らなかったのだ。門をくぐったことなど、一度もない。
「いいの?」
 セイがこわごわとユメに聞く。
 ユメの方はなぜそんなことを聞かれるのかも分からなかったが、取り敢えず頷いた。
「あ、でも、ちょっと待って。わたし、着替えてから行きたいわ」
 早速行こうとするユメたちに、セイが言う。トライも、
「わたしも」
 と言って、履こうとしていた靴を元のように揃えた。
 二人が家の奥に行く。
「ユメはいいのか?」
 ナティが聞いた。
「ああ。というより、俺の持ち物は全部、今から行く別邸の方にあるんだ。それよりお前たちはどうするんだ、その服」
 ユメが靴を履きながら二人に言う。
 二人は顔を見合わせた。服は十分に持って行ったのだが、あの森に迷い込んだことで、かなり予定と違ってしまった。カムは二着、もう直せないほどにボロボロになっていた。ナティはそんなこともなかったが、やはり新しい服は要るようだった。
「ここには何日ぐらい滞在するつもりなんだ?」
 カムが聞く。
 ユメの答えははっきりしないものだった。言い出したのはセイとトライだから、二人に聞かないと分からない、というのだ。おそらく、セイたち二人も、はっきりとは決めていないだろう。
「お待たせ」
 セイが着替えて来た。
 トライも後から来る。宮でもらった防具はいくら軽いといっても、やはり何もない服に比べれば重い。セイたちは荷物も置いて、身軽になった。
「行くぞ」
 ユメが自分の荷物を持って立ち上がる。
 セイとトライも、急いで靴を履いてユメたちを追いかけた。
 ルーティーンの別邸は、表から見ると塀しかない、そんな感じだ。とにかく庭が広いのだ。別邸といっても、主には貸し道場のような役割で、同時にユメの為の稽古場だった。
 ユメは表の通りに面している木戸から入った。
 外に出ていた者たちが、すぐにユメに気づいて話しかける。
「久しぶりだな、ユメ。元気だったか」
 他の者たちも口々に話しかけてきた。
 が、ユメはそれをうるさそうに払って、男たちの中の指導者格の男、マイキエラを見た。
「父様は来ていないか?」
 ユメが話すことで、周りの男たちは一気に静かになる。今ユメの質問に答えることができるのは、質問をされたマイキエラ一人なのである。
「いいや、今日はまだ一度も来てないぜ」
 沈黙の中に、ただ一つ、マイキエラの陽気な声が響く。
「そうか。それならまだ仕事中だな」
 ユメがそう言って、話に一段落着いたとみると、すぐに男たちは話始めた。ユメに直接話しかけてくる者もあれば、仲間同士で話す者もある。
 その中で、十歳前後の少年が他の者より一歩前に出て来た。少年の名はジルコン=ロウケイシュン。ジルコン=マイキエラの長子である。父親似の黒髪と長身、顔はまだまだ子供だが、なかなかの美男子だった。
「ユメ、家には入らないのか? 旅から帰ったばかりで疲れているだろう。ほら、後ろに居る人達も」
 言いながら、本人は既に家の前で手招いている。
 ユメ以外の四人は、彼らの顔と言葉遣いの差に驚いていた。とにかく、言葉遣いが悪いのだ。格好悪いから、下品とまで言えるようなものなのだ。これならユメの言葉遣いなど、男っぽいだけだからまだましだ。
 ユメがそちらの方へ行ったので、四人もそれに続いた。家は確かに豪邸と呼ぶに相応しい、大きくて威圧感のある家だ。
 ユメは客室のような所に四人を待たすと、着替えに行ってしまった。五人をここまで案内してきたロウケイシュンは、ユメが居なくなってつまらなくなったが、今更部屋を出る訳にもいかず、部屋をうろうろした。
「あなた、名前は?」
 柔らかい長椅子に腰を下ろしたセイが尋ねる。
「俺?」
 ロウケイシュンが自分を指さして言った。
 セイが頷く。
 瞬時、少年は顔を赤くした。セイのあからさまな女言葉がなんとなく恥ずかしいのだ。何しろ、この家に女が入ってくることなど、まずない。あるとすれば、この家の持ち主の妻が用事で時々来るくらいだが、ロウケイシュンは直接話したことはなかった。
 別に、ここに女が入ってはいけないという決まりも、ここに住む人が外に出てはいけないという決まりもない。ここに女が居ないのは、武術を習おうとする女性が居ないだけだし、ロウケイシュンが女性と話したことがないのは、彼自身に、女性に対して何か別の生き物という心象[イメージ]があって避けてしまうからに過ぎない。
「わたしはホイ=セイウィヴァエル。ルーティーンの娘よ」
 答えられそうにもないと踏んだセイが、先に自分の名を告げる。
 トライもセイに倣[なら]って自己紹介をした。
 セイが、カムとナティにも自己紹介をするように、と目配せする。
「俺はビョウシャ=ナティセル」
 先に言ったのはナティだった。
「俺はモカウ=カムスティン」
「俺はジルコン=ロウケイシュン」
 カムが言って、続けてロウケイシュンが名を言った。
 それでまた黙ってしまうのかと思ったら、まだ何か話そうとしている。
「俺知ってる。カムスティンにナティセルだろ。この間の試合でユメに負けた。でもカムスティンは強かったよな」
 カムはそれを聞いて笑ったが、ナティの顔は引きつった。
 ロウケイシュンの言い方は、カムが強いと褒めると同時に、ナティが弱いと言っているように取れるのだ。ナティは全くユメに手を出していないのだから、弱いも何もないのだが、結果だけだと弱いとしか思えないのだろう。
 その上命乞いまでしたんだしな。
 ナティは心の中で言った。
 勿論、ナティはあの時、自分の命が惜しかった訳ではない。ユメと戦わずに済む方法がそれしかなかったというだけだ。
「でもさ、何でユメは旅の仲間にあんたたちを選んだんだろう。ナティセル連れて行くよりは俺連れて行った方が役に立つと思うけど」
 ロウケイシュンが言う。ナティをばかにするのは別として、本当に自分が行った方が良いと思っているのだ。
「口の減らないガキだな。無口な奴かと思ったのに。それはいいとして、あんまりこの兄ちゃん怒らせると、見た目大人しそうな分、恐いぞ?」
 言ったのはカムだった。
 ロウケイシュンが『兄ちゃん』こと、ナティを見る。
「恐くなんかないぞ。こんな奴、本気でかかって来たってまだ俺の方が強いさ!」
 ナティを指さし、カムに向かって怒鳴る。
 セイとトライは、本当にナティが怒り出さないか心配だったが、ナティにその様子はなかった。ロウケイシュンがいくら言った所で、それは単なる負け惜しみなのだ。
「いい加減にしろ、ロウク。お前ではナティの代わりは務まらん」
 ユメがその時、丁度戻って来て言った。
 ユメが帰って来なければ、まだまだナティに悪口を浴びせるつもりだったのだろう。ロウケイシュンは開きかけた口を変な風に動かして、それから黙ってしまった。
「ロウク? どうして『ロウケイシュン』が『ロウク』なの?」
 セイが言う。
「ロウケイシュンだから、略したら……ロウケ……」
 言って、トライは笑ってしまった。『ロウケ』自体には特別な意味はないが、それにしてもなんとなく情けない響きを持っている。
「音じゃないんだ。綴[つづ]りだよ」
 ロウクは笑っているトライに言い聞かせるように言う。
 言葉は、今では一つの代表的なものが全世界で通用するようになっているのだが、その文字は子音と母音で構成されている。『ケ』の子音だけ読むと『ク』になるのだ。
 ああ。と納得してしまったが、よく考えるとそんなことは言われなくてもすぐ分かることだ。つい納得してしまったのは、ロウクのペースにはまっているからだった。
 ユメの配慮で、といっても当然のことではあるが、ナティとカムは別邸の方に泊まることになった。セイとトライは勿論本宅の方だ。
 女三人は自分の家に居るから良いが、ナティとカムはどうしたら良いのかよく分からなかった。取り敢えず、明るいうちに近所を歩いてみる、と表へ出た。

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