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最後の戦士達


 ユメたちは樹海に入った。ウィケッドにあったような、深い森だ。
「ここがマァスタピースか?」
 ユメが、辺りに繁る背の低い草や蔦[つた]を分けながら言う。
 もしここがマァスタピースなら、ゼンと同じように、森よりも先に町が見えるはずだった。
「さあな。聞いていたよりも早く着いたからな」
 カムがユメに答えた。
 ゼンで聞いたとき、その人は早くても三週間はかかるだろう、と言った。勿論、歩く早さや移動にかける時間で多少は変わるだろうが、それにしても早過ぎる。さっきからユメが道を作りながら進んでいるのも、この森に人が立ち入らない証拠だ
 それでも、一時歩くと道らしきものを見つける事ができた。
「獣道かしら」
 セイが言う。
「いや、獣道にしては整い過ぎている。人が居るんだ」
 ユメが、道とその周辺を見て言った。
「良かった。やっぱりここがマァスタピースなのよ」
 そう言って、セイは繁みから踏み均[なら]された道へと出た。
 その時、セイは何者かに足を掬われたかのように、体の均衡を失って地面に手を付いた。
「どうしたんだ、セイ。こんな何にもないような所でこけて」
 カムが笑いながらセイに手を貸す。
「うん。でも違うの。なんだか、急に力が抜けたみたいになって……」
 言いながら立ち上がるが、足元がふらふらした。
 どうしたのかしら。
 セイは急に疲れを感じ始めた。
「大丈夫か?」
「何でもないと思うわ」
 カムに聞かれて、ついそう答える。
 本当は少し休みたかった。
「でも、セイ、顔赤いよ。熱でもあるんじゃない?」
 トライがそう言って、セイの額に手を当ててみる。少し熱っぽいようだった。

 森を抜ける。そこは町と言うよりは村のような、小さな家がいくつか並んだ集落だった。
「どうやってこの森に入ったんだい?」
 ユメたちの前方に、十数人のこの町の人が、それぞれに武器を持って立っている。槍のようなものや、長剣、短剣。
 先の質問にユメたちが答える間もなく、人々は攻撃をかけてきた。
「ちょっと待てよ。俺たちはまだ何も――」
 カムが大声で言うが、人々には全く聞く気がないらしい。
 少しすると、曇った空から雨が降り始めた。小粒の雨で、最初はじっとしている者でないと感じない程だったが、すぐに辺りが見えなくなる程に降るようになった。
「カム、魔法は使えるか?」
 ユメがカムの側まで行って尋ねる。
「ああ。だがこの雨じゃ、向こうまで呪文が聞こえないだろうな。やってみなけりゃ分からないが」
 一人の男が片刃の剣をカムへと下ろす。
「ハフルネズバォシテセ」
 カムはそれを短剣で受け、早口に呪文を言う。
「うわぁー!」
 男は突然そう叫び、持っていた剣を無茶苦茶に振り回し始めた。
 ユメたちに向かってではなく、また、仲間に向かってでもない。だが。男の仲間には被害が出たようだ。数人が男を取り押さえているのが、うっすらと見える。
「何だ、今の魔法は」
 ユメが尋ねる。
「『混乱』。俺も使ったのは初めてだったが、……なるべく使わない方が良さそうだな」
 カムが言った。
 その騒ぎで、二人の前には誰も居なくなっていた。
「そんなこと言ってないで、こっちに加勢してよ!」
 セイが二人に向かって言う。
 こちらからは何もしていないのに攻撃されたのだから、相手を殺すことになっても仕方ないかもしれない。向こうはこっちを殺す気なのだ。しかし、ユメたちの敵はこの者たちではない。
 とにかく、攻撃をやめさせないと、話にもならない。
「俺たちの話を聞いてくれ。俺たちは別にこの町に危害を与えに来た訳じゃないんだ――」
 ナティがそう思って大声で話始めたとき、偶然にも雨は止み、空を埋めていた黒い雲間から光が差し込んで来た。
 その光りにナティが包まれる。
 その偶然に、お互いが手を止めた。
「俺たちはコヒの宮から来た。ただ少し休ませて貰いたいと、そう思っているだけだ」
 雨も止み、人々も静かになって、ナティは大声を出す必要がなくなった。
 誰からともなく、
「神子だ」
 と言う声が聞こえ始めた。
「コヒから来たと言っていた」
「コヒの神子様だ」
 人々は武器を足元に置き、地面に手をついて、ナティに向かって深く頭を下げた。
「ナティがコヒの神子だと? まぁ、どうせ似たようなものだが。それにしても……」
 カムが小声で言う。
「失礼しました」
 ナティの後ろにある家から、老いた男と若い女性が出て来る。声を出したのは老人の方だった。
「私はこの町の長老で、ウェルノウンという者です。こっちは孫娘のピンシャファン」
 ピンシャファンが軽く頭を下げる。
 老翁は町人に向かって、自分の家に戻るように言った。数人は残っていたが、多分その者たちはこの長老に近い者たちなのだろう。
「すまぬの、お客人。町の者たちが少々驚いてしまってな。悪気があってのことではないので許して欲しい」
 ウェルノウンはそう言って、五人を順に見ていく。その視線はセイの上で止まった。
「どうしたお客人。顔色が悪い」
 ピンシャファンが祖父と目を合わせると、セイへと近付いた。
 幾つかセイに質問して、ピンシャファンは祖父に向き直った。
「この方、もう駄目ですわ、お爺様。あの病気にかかっています」
 『もう駄目』だと? どういう意味だ。
 カムがピンシャファンを見る。
 ピンシャファンが、その悪戯っぽい瞳をカムに向ける。
「長老、いつまでも外におられない方がいいです。お客人の中にまで病気が浸透しているとなると、」
 男が一人そう言うと、ウェルノウンはその男につれられて家へ入った。
 その様子を横目で見ると、ピンシャファンはジロジロとユメたち五人を見た。
「何なんだ、お前は。セイが一体どうしたっていうんだ?」
 カムがピンシャファンに向かって言う。
「お前じゃないわ。ピンシャファンよ。ピン、って呼んでくれていいわ」
 そう言ってピンは笑った。
 軽そうな茶色の髪。しかし、元からではないのだろう。黒髪が混じっている。小さな顔には不釣り合いなほど大きな目。遠くからだと分からないが、近くで見ると、薄く化粧しているのが分かる。
「セイ、セイ? ああ、この人のこと。病気なのよ。最近、突然わたしたちを襲った、手の施しようのない恐ろしい病気。だから、あなたはわたしたちと一緒に居られないわ。あそこに大きな建物があるでしょう」
 ピンが指さした方には、他の家の二倍はある建物があった。
「セイにはそこで暮らして貰うわ。他の人にうつらないように」
 ピンが言ったことは、セイにはほとんど聞こえていなかった。頭が朦朧として聞こうという気になれないのだ。それでもぼんやりと、あそこで自分がこれから暮らさなくてはならないことは分かって、セイは歩きだした。
「セイ?」
 トライがセイを止めようとする。
 がその前に、まだ外に残っていた女が、セイの肩を支えてセイをその家まで連れて行った。
「発病しているのはセイだけみたいだけど、……」
 言ってピンは、また皆を順に見ていった。
「あなたとあなた」
 ピンはゆっくりと、トライとカムを指した。
「もうじき発病するわ。あとの二人は大丈夫よ。わたしと一緒に来て」
 トライとカムがユメたちと同じようにピンに付いて行こうとすると、他の人に呼ばれてセイの入ったあの建物へと案内された。
「あなたたち、名前は?」
 ピンが振り向こうともせずに、二人に尋ねる。
「ホイ=ユメルシェル」
「ビョウシャ=ナティセル。……三人は一体どうしたんだ? 手の施しようがないというのは本当か」
 ナティが逆にピンに尋ねた。
 ピンが振り向く。
「ない訳じゃないわ。薬さえあればすぐに直ってしまうような病気よ。でも、その薬がもうないの」
 ピンが静かに言う。
「近くの町に買いに行けばいいだろ?」
 ナティがなおも尋ねる。
「ナティセル、この町はもうずっと前から自給自足でやってきたの。他の町なんて、どこにあるのかも知らないわ。どうしても自給自足できないものは、キフリの宮の人が持って来てくれるの」
 そうか、それで俺を神子だと思ってからの人々の態度がそれまでと全然違っていたのか。
 ナティは思った。この町の人々は神子を本当に大切に考えているのだろう。
 しかし……。
「キフリの宮から? キフリの宮ではそんなことまでしていたのか?」
 ユメが驚いたように言う。
 そうだ。宮が一つの町のために行動を起こすとは考えられない。
「そうよ。けれどどうしたことか。月に一度宮からの使いが来るんだけど、もうこの前の訪問から一カ月以上、とっくに過ぎているわ」
 ピンがまた歩き始める。歩く度に、右手首にはめた二つの金の腕輪が音を立てた。ピンの着ている服は、普段ユメたちが着ている物とは全く違っていて、踊り子が着るような古風な感じのする服だ。
 ピンは二人を食堂のような場所まで案内した。
「さあ、去って行く人達のことは忘れて、残った生命を存分に楽しみましょう」
 ピンがそう言うと、机に沢山の料理が運ばれて来た。
「何のつもりだ」
 ユメがピンを見て言う。
「何のつもりって、そりゃあ、コヒの神子サマたちがいらっしやったんですもの。最高のおもてなしをするのが当然でしょう?」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃない! お前がさっき言ったことだ。去って行く者を忘れ、自分の余生を楽しめだと? まるで俺たちが一生ここで暮らすような言い方じゃないか」
 ピンの言葉の後に間を置かずにユメが怒鳴った。
 ピンが微笑む。
「だって、そうなんだもの。あなたたちの仲間の三人は一週間ももたないわ。そしてあなたたち二人も、あの三人なしではこの町を出ることはない」
「未来予知でもできるのか?」
 ナティが皮肉で言った質問に、ピンは頷いた。
「そうよ。だから知っているわ。……滅びるのは病に侵されているこの町だけじゃない。あと何年もしないうちに、黒く大きな魔の手によってこの世の全てが破壊される!」
 ピンはそう言って目を閉じた。
「……確かに、あいつら三人が居なければ俺たちはこの町を出ないだろう。だが、もしあいつらが助かるのなら、俺たちはここから出て行くし、お前の予知もはずれたことになる。予知など所詮、予知にすぎない。現実は変わるぞ。……何か隠しているな。本当にあの病気は手の打ちようがないのか?」
 ユメが言ったその言葉に、ピンは諦めた、というふうに首を振った。
「仕方ないわね。本当のこと言うと、あの病気に効く花が森の奥に生えているのよ。でも勘違いしないで。言わなかったのはそこへ行くのが危険だからよ。何人もの人が行ったけど、誰一人として帰って来なかったわ」
 ピンが言う。
「それで、この町の人々は仲間が死んでいくのを黙って見ているしかない、と? 俺たちにも諦めろと言うのか? このままじゃこの町全部が死んでしまう。それでもいいのか」
 ナティが言うのを、ユメはじっと聞いていた。
「ナティ、俺が行く」
 ユメはピンに向かってではなく、ナティに向かって言った。
「俺がその花を採って来る」
「無理よ!」
 ピンが大声で言う。
「俺も行く」
 ナティが言う。
 が、ユメはそのナティに首を振った。
「いや、行くのは俺だけだ。セイたちを看病してやってくれ」
 それからピンを見る。
「花はどこにあるんだ?」
「駄目よ。危険だわ。わたしの、……わたしの父も母も、行ったきり戻って来なかったんだから」
「何度も同じことを繰り返さなくても危険なことは分かっている。教えろ」
 なおも止めようとするピンだが、ユメがあまり言うのでどうでもいいような気がしてきた。
「西の森よ。あなたたちがきたのが東からだったから、向かい側の森ね」

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