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最後の戦士達

 どこに行ったんだろう……。
 トライはロウクを追って家の裏側まで来ていたが、ロウクは見つからなかった。
 角をもう一つ曲がる。トライは、ロウクが木の上に居るのを見つけた。
「ロウク」
 呼びかける。
 ロウクは少しだけトライを見たが、また視線を、それまで見ていた囲いの外の風景へそらした。
「降りて来なよ。いじけてないでさ」
「用があるなら、トライが登って来いよ」
 ロウクが外を見たまま言う。
 トライはロウクのその態度に少しむっとしたが、それでも諦めないことにした。
「わたしが登ったら、この木は折れてしまうよ。わたしはそんなに身が軽くないから」
 ロウクの二倍は身長のありそうなトライである。言うことはもっともだった。
 しぶしぶ、という感じでロウクが降りてくる。
 ところが無謀にも、ロウクが今から降りようとするその木に登ろうとするものが居た。
「プラスパー」
「あ」
 元々、ハビコルは木に登れるような動物ではないのだが、見事に降りて来たロウクに踏み付けられてしまった。
 嗄れた声でプラスパーが悲鳴(らしきもの)を上げる。だがプラスパーはかなり頑丈らしくて、悲鳴を上げただけで済んだ。
「何だ、こいつ?」
 ロウクがプラスパーを見下ろして言う。
「プラスパーだよ。ハビコルって種類の動物だって、セイが言ってた」
「セイって、長い髪の人?」
 どうやら自己紹介はあまり意味がなかったようである。
「そうだけど。……ロウク、わたしの名前、ちゃんと覚えてる?」
 ロウクが首を横に振る。
 やっぱり……。
 そう思って、力が抜けるような気さえした。
「わたしはトライファリス。ヤラフ=トライファリスだよ」
 トライが言う。
「ふーん。だったら、そう呼べって言うのか?」
 ロウクが、プラスパーを目の前に持って来て観察しながら言う。
「そういうつもりじゃないけど……」
 トライが困ったような表情を見せるが、ロウクはプラスパーばかり見ていて気づかない。わざとそうしているのかもしれなかった。
 表で、マイが何か言っている声がする。
「ねぇ、マイが何か言ってるよ。行かなくていいの?」
「何だよ。いいだろ、別に。俺のことは俺が決めるんだ。トライに言われる筋合いはねえよ」
 ロウクがそう言って、勝ち誇ったようにトライを見る。そう言えばトライが納得すると思ったのだろう。
 が、トライはそれでは引き下がらなかった。
「別にそれでいいけどね。でも、そう言って今からの稽古をさぼるつもりなら、その辺のごろつきと一緒だよ」
「大人みたいなこと言いやがる」
 舌打ちして、ロウクはそう言った。
「親父も似たようなことをよく言う。他のみんなも、ユメもだ。なんで年下だからって、年上の奴らの言うことを聞く必要があるんだよ。みんなして俺のことをガキ扱いだ」
 確かに、年齢のせいで年上の人の言うことを聞かなくてはならないのは嫌かもしれない。しかし、ロウクが嫌なのは、そのことよりも子供扱いされることなのだ。
「それはね、ロウク。ロウクが本当に子供だからだよ」
 トライが静かに言う。
「自分の思った通りにならないからって、隠れてちゃ駄目だよ。みんなから隠れて、みんなの気を引こうとしても、もう誰も来ちゃくれない年になってるんだ。それをまだこんなことをするのは、ロウクの中に自分を子供だって思っている部分があるからだよ」
「でも、トライは来てくれたじゃないか!」
 ロウクが言う。
「慰めに来た訳じゃないでしょ? ……いつまでも子供で居たら、いつまで経ってもユメはロウクを相手にしてくれないよ?」
 トライのその言葉を聞いて、ロウクは顔を赤くする。
「ユメはどうだっていいだろ」
 話をそらそうとするのがかわいかった。
 やっぱり、まだ子供だ。
 トライはそう思いながら言った。
「まだ機会はあるよ。がんばってね」
 そう言って、自分はユメたちの所に帰ろうとする。
「待って、トライ」
 自分に背を向けて去ろうとするトライを、ロウクは呼び止めた。
 プラスパーをトライに渡す。
「あしたも練習相手してくれるだろ?」
「うん」
 トライが答える。
「あさっても、その次も、……毎日いいか?」
「どうして?」
 トライが不思議そうに尋ねる。
「ユメと試合するより、トライと試合した方がおもしろいから」
 ロウクがトライを見上げて言う。
「分かった。でも、わたしはもう少ししたら、また出掛けなきゃならなくなるんだよ?」
「知ってる。帰って来てから、でいいよ」
 ロウクがそう言ったから、トライは微笑んだ。そして、頷く。
「わたしは先に戻るから。ロウクも気が向いたら戻っておいでよ」
 そう言われて、ロウクも、多少嫌そうにではあったが頷いた。

「トライ、ロウクは見つかった?」
 トライの姿を見つけてセイが言う。
「うん。ついでにこいつも」
 トライはそう言って、プラスパーを地面に降ろした。
「こいつなんて言い方、しないで欲しいわ」
 プラスパーがトライを見上げて言った。
 トライとセイの目が大きく開く。その表情が面白かったのか、プラスパーからクスクスと笑い声が聞こえた。
「えっと、その声は、シュライン?」
 トライが言う。
 プラスパーが頷いた。
「ええそうです。プラスパーの体を借りてるような感じです」
 プラスパーからシュラインの声がするが、別にプラスパーの口が動いて声を発しているわけでは無い。体全体から声が響くように聞こえた。
 ナティとカムも来ていた。ユメはマイと一緒に男たちの中に紛れてしまって、どこに居るのかよく分からなかった。
「シュラインが考えていたのは、こういうことなのか」
 ナティが言う。
「ん、何のことなんだ?」
 カムが聞いた。
「前にシュラインに、俺が持ってた通信用の石をプラスパーに飲ませてくれって言われたんだ。プラスパーの意識を支配するってことだったんだが、具体的にどうなるのか想像できなくて」
 ナティが答える。
「へぇ。それで、今までのとどう違うんだ?」
「自由に動けます」
 シュラインが答える。
「今までは、石を通してしか物を見ることができませんでした。でもプラスパーを使うことで、この子が見た風景をわたしも見ることができます」
 なるほど、とトライやセイが頷いている。
「通信面では、離れたところにいる人とは話せないという部分もありますが、それは今まで通り、赤い石を通せば可能ですし、それに、この方が皆さんと一緒に旅をしている気持ちになれます。これからは、特に必要がある時以外は、赤い石は使わずに、プラスパーを借りることにします」
「さっきから借りるって言ってるけど、ずっと支配することはできないの?」
 トライが聞いた。
「わたしが石を飲むわけにもいかないので、やっぱり、プラスパーを支配できるのは、わたしがこちらで石を使っている時だけなのです。それに、長時間の支配はプラスパーの負担になる可能性があります」
 シュラインはプラスパーの体を動かしてみたりしながら、皆の問いに答えていたが、暫く経つと、そろそろ時間だと言って、プラスパーを開放したようだった。
 シュラインの支配から解放されたプラスパーが、ユメの姿を見つけて走りだす。
「なんだか弟ができたみたいな感じたよ」
 トライがプラスパーの走って行った方を眺めながら言う。
「え、プラスパーが?」
「違うよ。ロウクだよ。子供は嫌いだって思ってたけど、結構おもしろいんだね」
 プラスパーが弟みたいなのでなくて、セイは納得した。
「じゃあ、保母さんにでもなる?」
 セイが言う。
「は?」
「将来のことよ。『魔』を倒せなかったら未来はないけど、『魔』を倒せたら未来はある訳でしょ。闘いが終わってからのことも考えておかなきゃ」
「あ、そういうこと。まだ分からないよ」
 トライは答えた。
「セイは医者だよね」
「ええ。なんだかかっこいいじゃない? 医者って。カムは何かするの?」
「なんでもいいから、仕事探す。魔法じゃ食って行けないしな」
 カムが言う。普通すぎておもしろくもない答えだが、それが真実だろう。
「ナティは?」
 続けて、セイはナティに聞いた。
「俺はもう決まっているから。あまり考えたことがない」
「?」
 誰が聞いても、よく分からない答えだった。『決まっている』ということは、考えたことがあるのではないのだろうか。
 その時は、周りが騒がしかったこともあって、誰もそのことについて聞く者はなかった。
 ユメがナティとカムを呼ぶ。セイとトライは縁に残った。
「ねぇ、トライ。今思ったんだけど、ロウクとプラスパーって何となく似てない? あ、もちろん、シュラインが居ない時のプラスパーね」
 セイが言う。
「ははは。そうかもしれない。でも、ロウクが聞いたら怒るよ、きっと」
「俺は聞いてたけどな」
 二人の会話に入って来たのはマイだった。
 セイとトライは閥の悪そうな顔をする。
「気にするなよ。本人には言わないから」
 マイは言った。
「ユメにも、ちょうど今のロウクのような頃があったんだ」
 『ユメにも』という言葉に驚いて、二人はマイを見た。
「ユメにもあった、って……?」
 もう少し詳しく聞きたい、という思いが二人にあった。
「ああ。もっとも、ユメの場合はもっと小さい時だったけどな。その頃のユメは今とは比べ物にならないほど可愛かった。普通の子供だったんだけどな」
 セイの問にマイが答える。
「今は普通じゃないって言うんですか?」
 セイが、冗談だと思って笑いながらそう尋ねる。
 セイもトライも、マイから『そういう訳ではない』という答えが返って来ると思っていた。しかし  
「お前たちにはあのユメが普通の人間に思えるか?」
 マイからの返事は、二人の考えから随分離れたものだった。
「つくづく恐ろしい女だよ、ユメは。俺はお前らが生まれた頃からユメを知っているが、年を経るごとに人間である部分、感情とかを、捨てていっているように思える。俺は、今にユメが殺人鬼になりやしないかと心配しているんだ」
 黙ってしまった二人を横目に見ながらマイは話した。ユメのことを心配して言っているのではないということが、わざとらしく歪めた表情から伝わってきた。
 セイが顔を上げてマイを見る。
「あなたはユメのことを勘違いしているんです」
 マイの言ったことは、何年も一緒に過ごして来た仲間に対する言葉とは思えなかった。そう思って、セイはマイに言ったのだ。マイに、ユメの悪口を言ったことを反省させるためだ。
「そうですよ。ユメは殺人鬼になんかならない」
 トライもセイに加担した。
 しかし、マイは自分の意見を覆[くつがえ]そうとはしなかった。
「勘違いしてるのは、一体どっちだろうな。俺の方がお前たちよりも長くユメを見てきたけどな」
 それだけ言うと、マイは二人に背を向け、人の中に紛れた。
「何なの、あのマイって人? 信じられないわね」
 セイが、マイが行った方をきつく見ながら言う。
 トライにも意見を求めているのだが、いつも中立の姿勢をとるトライは、今回もいつものごとく、軽く受け流しただけだった。
 それはトライの、セイのしつこい話から逃れるための手段でもあったし、それよりも今はロウクの事を考えていたのだ。
 ロウクがあんなに『大人』を嫌うのは、あの父親のせいだ。
 そうとしか考えられなかった。

 デイでの一週間足らずの日々は、本当に短かった。特に、セイやトライにとっては短すぎるくらいだ。
 修理に出してあった防具や武器が戻ってきて、五人はもう一度その防具を身につけた。
 今度の旅立ちは、別れになるかもしれなかった。前に、ここからコヒの宮へ出発した時はルーティーンの言う『魔』というものの力を全く知らなかった。だが今は違う。敵の恐ろしさは分かっている。
 もしかしたら、父様や母様とはもう会えないかもしれない。
 セイは思った。残りたい、とも。しかし、一度決めたことなのだ。それに、皆の帰りを待っているなど、どんなに心配しなくてはならないだろうか。その方が嫌だった。
「ユメ、町の外れまで送るよ」
 ロウクがそう言って、ユメの傍らに立つ。
 まだ朝早い時間で、付近はひっそりしていた。この庭だけが活動しているのだ。
「すまない、遅れて」
 後からナティがファロウと一緒に走って来た。ナティは薬を取りに行っていたのだ。
 五人が揃うと、ルーティーンが言った。
「この世界を救えるのは君たちだけだ。くれぐれも気を付けて行きなさい。敵は見ただけでは敵だと分からないのだから」
「はい」
 声に出して返事をしたのはユメだけだったが、他の四人も頷いた。
 ユメは自分の前に居る『仲間たち』を見た。その中でマイが一人、いつになく晴れやかな顔でいるのが見える。
「行こう」
 ユメはそう言うと、先頭に立って歩き始めた。
 別にこの家にも、この町にも未練はないのだ。もう少し言えば、この星にすら未練はない。
 町の外れまで送る、と言っていたロウクは、周りに家がなくなってもまだ付いて来ていた。
「ロウク、もうお前は帰れ」
 ユメが立ち止まってロウクに言う。
「あと少し先まで……」
「駄目だ」
 言うロウクに、きっぱりとユメは言った。
「町の外れまでという約束だったろう? もう用は済んだはずだ」
 ユメが強目の口調で言う。
 ロウクは頷いた。
「じゃあね。ロウク」
 セイが、一歩進んでからロウクを振り返り、小さく手を振る。
 そのセイを追い越して、ユメが先を行く。
 それに続いて残りの三人もロウクに背を向けた。
「待って、ユメ」
 ロウクが突然、声を掛ける。もう大声でなければ声が届かないくらいだった。
「親父の、あいつの思い通りになるなよ」
 ユメが歩みを止めて、ゆっくりロウクを振り返る。
「当たり前だ」
 そう言って笑みを作った。
 それだけ言うと、ユメは皆が進む方へ自分も進み始めた。
「絶対だぞ、ユメ。トライも、約束忘れるなよ」
 皆には聞こえなかっただろう。ロウクは小さな声でそう言うと、元来た道を戻り始めた。

第六章前編 終 (第六章後編に続く)   

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