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最後の戦士達

第八章

最後の闘い


 ユメたちに、大蜘蛛が砂になっていく様子を見ている時間はなかった。徐々に砂になっていく大蜘蛛の横を走り抜けた。
「ナティ、剣は?」
 カムが、ナティが剣を持っていないのに気づいて聞く。
 ナティは少しだけ後ろを振り向いた。決して、剣のことを忘れていた訳ではない。
「もう俺に剣は要らない。あの可哀想なジャイギャンに、女主人の形見を持たせてやってもいいだろう」
 ナティはカムに、そう答えた。
「そう言えば、わたしたちがここに来たときに、あと二人、人が居たよね。その二人はどうしちゃったんだろう」
 トライが言ったのは、シートゥンとインプルーブのことだった。
「彼らはただの科学者だ。だからもしかすると、さっきの魔法に巻き込まれて死んでいるかもしれない」
「だが、ウィケッドの科学力は魔法使いより上だと言う」
 カムがナティの言葉に続けて言う。
「その通りです」
 前方の通路から声がして、さっきの二人の内の片方が姿を現した。
「インプループ」
 ナティがその名を呼ぶ。他の四人はそれぞれ戦える姿勢を作った。
「セト様、まさかあなたがここまで来るとは思ってもみませんでした。そしてその上、我々の計画を潰そうとするなんて。セト様、もし死にたくなければ、そして今後もウィケッドの王でいようと思うなら、我々の邪魔をしない方がいいですよ」
「その理由は」
「ウィケッドは軍を進めました。女王の死をエクシビシュンの薬のせいにして、エクシビシュンに宣戦布告したのです。デイとフレイクは、エクシビシュン側に立ってこの戦争に加わるつもりのようです」
 ナティの問いに、インプルーブが答える。
 女王の死は、エクシビシュンから輸入された薬のせいなどではない。大体、エクシビシュンからの薬は、全く使わなかったはずだった。
「王の意向も聞かずに、か」
「一度流れた噂を、誰が止められましょう? それこそ王にしかできぬ技ではありませぬか。エクシビシュンへの宣戦布告は、国民全体の意志だったのです。……今ウィケッドに王はおりません。王を知る者もおりません。あなたが名乗らない以上。ウィケッドとこの国、アージェントは、刃向かう者全てを殺すつもりです。それには、セト様、あなたとて例外ではありません。……セト様、最後の選択です。仲間に剣を下げさせなさい」
 ナティは一時黙したままだった。ここで引いても、戦争はもうナティの力では止められないだろう。銃の引き金を引くのは簡単だが、一度発射された弾を止めることはできないのだ。
 俺は俺の運命に従う。
 ナティの心は、元から決まっていた。いや、運命から逃れることができないだけだったのかもしれない。とにかく、ナティは仲間の四人に向かって言った。
「剣を下げる必要はない」
 その答えに、インプルーブは莫迦にしたような笑みを浮かべて、左手を挙げた。
「最後の選択、したのはあなた自身だということ、あの世で後悔するがいい」
 そう言ったインプルーブの後ろから、五人の男たちが走り出る。その内二人は剣を持ち、後の三人は素手だった。
 一人ずつが、相手と向き合った。

 トライの相手は、人間にはとても見えない巨漢だった。男をじっくり観察する間もなく、男の拳がトライを掠めた。最初の一撃を躱したトライが、逆に男へ向かって拳を突き出す。が、男はトライの拳をその掌で受けると、前へ倒すようにした。
 それだけで、トライは地面へ体を叩きつけたのだ。
 立ち上がると、次の瞬間には男の拳がすぐ近くまで迫っていた。
 両腕で防御したが、続けて男は、トライの横腹を蹴った。
 少し先に倒れたトライを、男は腕を掴んで立たせた。
 トライもやられっぱなしではない。膝で男の腹を蹴り上げる。少し男は呻いたが、掴んだ手は放さなかった。
 その腕を自由にする為に、トライはもがいた。しかし、男の力は凄まじかった。トライを逃がさない為に腕を掴んでいるのではなく、腕をへし折る為に掴んでいるのではないかと思わせる程なのだ。
 わたしは無力だ。こんな力を持った人間が居るなんて。
 トライは思った。
 男の強さは技の強さではない、力の強さだった。それはトライと似たところもあった。だが、力はトライとこの男では、どうしようもなく掛け離れているのだ。
 男がトライの腕を、本来とは別の方向へ曲げようとした。
 咄嗟にトライは、腕を掴んでいる手を引っ掻いた。肉を掻き取るくらい強く引っ掻いたのだが、男はそれくらいでは手を放さなかった。
「うわぁー!」
 想像通りの音がして、トライの腕の骨は折れた。
 痛みが前身を支配した。男はそれでもまだ腕を放さないのだ。無理に引っ張られているせいで、余計に痛かった。
「放せよ」
 トライは声を絞り出して、男の腕に噛み付いた。男が手を放すまで、トライも噛み付いたままいるつもりだった。
 やっと男が手を放して、トライも男から数歩離れた。
 トライは唾を吐いて男を見た。男は噛み付くのさえもためらうほどに汚らしかったのだ。先にも言ったが、人間の姿をしていなかった。二本足で歩く怪物のようだった。
 トライの方は片腕の骨も砕かれて、それにかなり疲れていた。だが、相手の男はさほど疲れた様子がないのだ。
 気が付けば、トライは宮の広間まで戻されていた。足元には蜘蛛の死体、つまり砂がざらざらとあった。そのほとんどは、風に飛ばされたのか、なかった。
 どんな化け物にでも、弱い部分はあるもんだよ。
 トライは心の中でそう言って、足元にあった砂を一握り、男の顔に向かって投げた。
 風は男の居る方からトライの方へ向かって吹いていたから、投げた砂のほとんどはトライに戻って来る。それは分かっていた。
 トライは砂を投げるとすぐに顔を伏せた。その時視界の隅に、さっき大蜘蛛を倒すのに使った矢が落ちているのを見た。
 それをトライは拾うと、使える方の左手でしっかり持った。
「これで、もう起きないでよ」
 トライは小声で願うように言って、矢を男の心臓へ突き刺した。
 トライが刺した矢を抜くと、男から血が吹き出した。
 男はそのまま前にのめって倒れた。

 カムの相手になった男は、ブルームレイズに良く似ていた。格好も、雰囲気も。だが、そんなことは関係ない。
「アロニ!」
 男がそう叫ぶと、狼のような姿をした、人間よりも大きな動物が、カムの前へ姿を現した。
「ファング、行け!」
 その声に、狼のような動物が、カムに飛びかかってきた。
 その力にカムは後ろへと押される。爪は鋭く、カムの服を掠めただけで裂いた。
 カムはファングと呼ばれた狼の腹を、思い切り蹴り上げた。狼は呻いて、主人の元へ戻った。
「ファング、足だ」
 言われて、ファングはカムへ向かって、もう一度駆けた。主人の方も、狼と共に、カムに向かって走った。
 男が狼よりも早く、カムへその拳を振り上げる。カムは攻撃を防ぐために、男を止めようとした。が、男の攻撃は囮だったのだ。足を狙ったファングが、何の防御もされていないカムの足に噛み付く。
「くっ」
 ファングはカムの足へその牙を食い込ませながら、決して放そうとしなかった。
 男はファングがカムをしっかりくわえているのを見ると、すぐにその場を離れた。
「ファング、噛み砕け」
 狼の牙が、一層深くカムの足に食い込む。
 魔法は後何度使える? もう体力が残ってねえ。
 確かに足は痛かった。だが、もうその部分が麻痺してしまっていて、痛いとか感じなくなってきたのだ。
 この獣を召喚している間、あいつは他の魔法は使えないだろうな。しかし、俺も魔法は使えない。どうすればいいんだ? とにかく、この足に食いついている奴をどうにかしないと……。
 両手で無理やりファングの口をこじ開けようとするが、それは逆に、ファングの力を増させただけだった。
「ファング、もういい。とどめだ」
 男が言うと、ファングはカムの足を放し、床に腰を付いているカムの喉を狙って、飛びかかろうとした。
 ファングがカムに飛びかかるよりも早く、カムは高く跳んだ。
 目標が居なくなって立ち止まったファングの首へ、カムは短剣を刺した。
「ファング、戻れ」
 男がそう言うと、ファングの体は次第に薄れていって、最後には消えてしまった。
 カムの持つ短剣には、確かに狼を傷つけたはずなのに、血の一つも見当たらなかった。だが左足からは血が流れていた。さすがに砕くことはできなかったらしい。カムは立ち上がることができた。
 これで最後だ。
「キゼ!」
 カムが叫ぶ。もうこれ以上、魔法を使うことはできなかった。
 吹雪が男を囲い、男は氷に包まれた。
 カムは左足を引きながら、動かなくなった男に近づき、その頭部を殴り破壊した。

 セイは『気』を集めて、相手の男に撃った。男はそれを避けようともせず立っていた。気が男の胸に当たった。だが、それでも男はその場から動かなかった。代わりに、ばかにしたような笑みを浮かべている。
「何がおかしいのよ! そっちが攻撃してこないのなら、こっちから行くわよ」
 セイは言って、男まで数歩もしない所まで接近した。
「は!」
 手から放たれた気砲が、男の顔面に当たる。
 男は今度はさすがに応えたようで、少し後退りした。
 男は宙を切るような仕草をした。
 何?
 セイが思った次には、カマイタチのように気がセイの体を傷つけた。
 男は続けて気を撃って来る。セイには気が見えていたから、避けることが可能だった。
 男の隙を狙って、自分の攻撃にする。
 それがセイの考えだった。男に隙ができるまでは、男の作り出すカマイタチから逃げなければならない。
 だが、肝心の隙が男のどこにも見当たらない。そしてセイは、逃げることに疲れてきた。
 このままじゃ負けるわ。一か八か、男に接近して気を撃ってみるしかなさそうね。
 セイは思って、多少の怪我は覚悟の上で、男に真正面から向かって行った。
 セイが溜めていた気を撃つのと、男がセイの首に向かってその手を横へ滑らせたのと、ほとんど同時だった。
 男は後ろの壁にぶつかって倒れ、セイは左手を犠牲にすることで、攻撃から首を守った。

 ユメは剣を持った男の一方を相手にしていた。だが、その間もナティのことを気にかけていた。何しろ、ナティは剣を持っていないのだ。何の武器も持たずに、剣を持った相手と戦って、ナティが勝てるとは思えなかった。
「ナティ」
 目の前の敵と向き合っていると、ナティは視界に入らなかった。
「何だ?」
「こっちに来い。お前は不利だ」
 ユメは言った。ユメには、二人を一度に相手にする自信があった。
 ナティがユメのすぐ後ろまで来る。
「どうやって戦うつもりだ。剣もなしに」
 ユメが言う。
「何とかなるだろう」
 ナティの答えは気楽だった。さっき二人の科学者に見せた王の風格は、さっぱり見られなかった。
 ユメは相手に向かって行った。早く自分の敵を片付けて、ナティの相手とも戦うつもりだった。
 だが、実際戦ってみると、思い通りにはいかないことが分かった。強いのだ。力も技も優れている。
 男の剣がユメの左腕を掠る。
 ユメが振るった剣が、男の鎖骨の辺りに赤い筋を作った。
 男からの攻撃を防ぎ、それから男に向かって剣を振り下ろす。後ろへ避けた男の服を、ユメの剣が裂いた。
 男は服の下に鎧を身につけていた。剣は男の鎧も傷つけていた。だが、剣の刃のほうも少し欠けてしまっていた。
 丈夫な鎧だ。
 ユメは声に出さずに言った。
 刃物は通用しないだろうな。だったらまだ剣の出番じゃない。
 男がユメに向かって来る。ユメは剣を支えの一つにして、男の胸を強く蹴った。
 男が後ろの壁に背をぶつけたその時、ユメは男の首に剣を突き立てたのだ。
 ユメはすぐに後ろを振り返って、ナティを目で探した。だが、見える範囲のどこにも、ナティの姿はなかった。ただ、剣を持った男が居るだけなのだ。
 注意して周りを見ると、インプループとかいう男も居なかった。
 どうしたんだ?
 ユメは思って、自分でも知らぬ間に、廊下を奥へと進んでいた。どこかへ行くとしたら、ここしかないのだ。

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