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一度始まった戦争を止めるのは難しい。王族信仰があるウィケッドの国民を鎮めるのは簡単だったが、勝手に攻め込まれたエクシビシュンやデイ、フレイクの国民が黙っていなかった。また、科学力で勝るウィケッドは、仮に連合軍が攻め入ってきたとしても問題は無いと思われたが、ウィケッドと同盟を結んでいたアージェントが危険に晒されていた。ナティの知らなかったこととは言え、王になったからには責任がある。
同時に、ナティは法の改正を進めていた。世界の為でも、国の為でもなく、自分だけの為に。
ユメ達三人は、城に部屋を用意してもらって住んでいる。未だにキフリの宮を破壊したという手配は出たままだった。それをウィケッドの城で匿うような状況は好ましくないとガルイグが言っていたが、それはナティも同罪であって、好ましい好ましくないの問題ではなかった。
「ナティ、どうしてるんだろう」
ユメが呟く。
ナティが王になってから数週間経つ。食事はセイやカムと一緒に取っていたが、ナティを実際に見かけたのはもう随分前だった。報道を通じて、セト王の活躍ぶりというものが耳に入ってくるが、どうも現実味が無いように思える。
「今はシドをどうするかが焦点みたいよ。結構シドを押してる人が多かったみたいで、下手な扱いはできないんだそうよ」
「シド派だった奴らも、もう半分くらいはセラ派になってるみたいだぞ。皆セラ姫に騙されてるわけだが」
「騙されてるんじゃないでしょ。セラ姫、まだ若いのに凄いわ」
「もう俺、金髪の女には手を出さない」
セイとカムの会話を聞き流しながら、ユメは食事を続けた。ナティがどうしているか、カムもセイも知らない。ここにいる、誰も知らない。ガルイグやセラは知っていそうだが、彼らとも顔を合わせていない。
来るんじゃなかった。
ふと、ユメは思う。
何のために、自分はナティに付いてきたのだろう。自分が居なくても、ナティはセラやガルイグのような仲間が居る。何のために、ナティは自分を呼んだのだろう。
「俺達は、いつまでここに居るんだ」
ユメの言葉に、セイとカムが顔を見合わせる。
「いつまでっていうか、少なくとも今は動かない方が良いわよ」
「そうそう。キフリの宮破壊の容疑が掛かってるからな。まだ公表はされていないらしいが、いつ公表するのか検討も付かない」
セイとカムがそれぞれ言う。
ユメは頬杖を付いて、二人を見た。
「なら、トライはどうするんだ。おかしいだろ。俺達はここで保護を受けてトライだけ普通の生活なんて。お前達、何か俺に隠してないか?」
いつもなら、真っ先に家に帰りたがるのはセイだ。そのセイが文句も言わずにウィケッドで生活している。それがそもそもおかしい。仮にカムがウィケッドに残るから、セイも一緒に居たいのだと言われればそれで納得するしかないが、カムにも別にウィケッドに残る理由はないはずだった。確かに、カムの故郷のエクシビシュンは未だ戦火の中にあるが、カムの性格上、逃げて自分だけ安全にというのは好かないのではないか。
「そう焦るな、ユメ。戦争は必ず終わる。ナティが終わらせる。だから、ユメがデイに急いで帰る必要は無い」
カムが言う。
「別に焦っているわけじゃない。全く。話にならない」
ユメはそう言って、自分の部屋に戻って行った。
ユメの後姿を見送ってから、カムは背伸びをした。
「ユメは帰りたがってるのか」
「さっきの話を聞く限り、そうみたいね」
「まいったな。足止めするようにナティに頼まれてるんだが」
カムが前髪をかき上げる。自分の恋人を引き止めるなら全力を尽くすが、他人の為に行動をするのはあまり得意ではない。
「その話なんだけど、わたしナティから直接聞いたわけじゃないから、詳しく知らないんだけど?」
セイが言った。
「うーん。ナティから他言するなって言われてるんだけど、まあ良いや。秘密は共有した方がおもしろい。でもユメには秘密だからな」
十日程前のことだ。元々、セイがナティに文句を言いたいと言うので、カムも一緒に付いて行ったのだ。王になったナティに会うのは容易ではなく、色々な手続きを経て、申請から三日も経ってからやっと会えたのだ。セイの文句は、なぜ自分達がここで足止めをされているのか、ということだった。それで、ナティは丁寧に事情を説明して、セイも納得した。
セイはそこで帰ったのだが、カムだけ呼び止められた。セイが詳しく知らないのは、その先のことだ。
「結果的に自由を奪う形になってしまって、すまないな」
ナティが言った。
「別に良いよ、俺はどうでも。セイが文句言ってたけど、もう納得したみたいだしな」
城での生活に不自由はない。確かに城から外へ出ることはできないが、今のところ外へ出たいという欲求も湧いてこない。部屋は一人ずつ用意されていたし、監視が付いているわけでもない。
「ユメは、どう思っているだろうか」
ナティが不安そうな顔で聞いて来た。
「ユメもあんまり気にして無いんじゃないか? 帰りたいとか、そういう話が出たこともないし。セイもユメの前では言ったことは無いんだ。一応、お前のこと考えてるんだろ。というか、お前がいつまで経ってもユメに何も言わないから、面倒なんだよ。何で自分の気持ちを伝えないんだ」
「面倒か。そうだな。でもこっちも面倒なんだ。伝えて終わりじゃないだろう。こっちにはセラ姫も居る、法律もある」
ナティが部屋を歩きながら言った。
長い髪は、結ばずにそのまま垂らしている。頭上の金の王冠や無駄に豪華な服は、あまりナティに似合っているとは思えない。それでも、格好をそれらしくしないと、まだ若いナティでは民衆へのアピールが足りないのだそうだ。実際のナティと会って話せば、彼の若さは利点になることがあっても欠点にはならないと分かるだろうが、実際に王に会える人間などそう多くはない。
「法律?」
セラ姫のことは分かるが、法律とは何のことだろう。
「后は王家の者でなければならない、という古いしきたりのままの法律があるので、それをまず改正したい。それまでは、俺からは何も言えないんだ。だから、決まるまでは引き止めていてくれ。頼む」
ナティがカムに頭を下げる。
何のことは無い。ユメと結婚する為に、法律を改正しようとしているということだ。
そこまで考えていたのかと呆れつつも感心すると同時に、そんなことまで考えなければならないのかと同情したくもなる。
そんなことをする前に気持ちを伝えるべきだと、カムは思うのだが、多分それをナティに言っても無駄だろう。おそらく、ユメの答えは悪くはないはずだ。そう予想ができても、それでも怖いのだろう。何しろ、ナティが誰かに告白するというのは生まれて初めてのことのようだから。もし断られたらと考えてしまうのは分からないでもない。
逆にあっさりと上手く行ったとしたら、今度は法律のせいで行き詰ることになる。それでは困るから、先に法律を変えようということだろう。
ただ、カムから見れば、単に決断を先延ばしにしているだけのようにも見えた。
カムの話を聞いて、セイは困った顔をした。
「ユメも、言い出したら聞かないから。えぇっと、それが十日前のこと? 法律の改正なんてそう簡単にできるものじゃないわよね。もう、いつまで掛かるのかしら」
あまりにも時間が経つと、気持ちは薄れるものだ。カムは経験からそれを知っている。ナティのように、自分が一途な人間だと、相手の気持ちが離れていくかもしれないことに頭が回らないのかもしれない。
だから、カムはセイの側に居る。セイの気持ちが、自分から離れないように。例えば結婚したとしても、自分の物というわけではない。それもカムは知っている。
「まあ、引き止める素振りだけでもしておかないと、後でナティに怒られるだろうな」
カムは言ってから、セイに口付けした。
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