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最後の戦士達

第十章

行方

 実は、王家の婚姻に纏わる法を改正は、ナティの思惑通りとはいかなかった。早く可決させるため、王家を守ろうとする派閥の意見を取り入れざるを得なかったのだ。第一王妃、第二王妃、第三王妃……と后を複数娶っても良いこととした。そして必ず、第一王妃は王家の人間から選ぶということになった。
 そのため、最初にセト王とセラ姫とが結婚した。セラが第一王妃である。結婚は披露宴どころか、式さえもしていない。紙面上で、婚姻のサインをしただけだった。外向けには、戦時中だから派手なことは避けるという発表だった。
 次にユメとの結婚式を行った。今度は式を上げ、セイやカム、セラも参列したが、外向けにはセラの時と同じく書類上のみで式はしないという発表だった。
 ユメがこの時に身に付けた婚礼衣装は、終わってすぐにセイが細かく分解して、はぎれを侍女に渡してハンカチや小物入れといったものに加工した。
 ナティはユメの為に、城の敷地内に新しい建物を建てさせた。第一王妃のセラの部屋は元から用意されていたが、第二王妃だとかの部屋は無かったから、というのが建前だ。
 本当の意図は、城内での王家の血筋ではないユメへの文句や反発、嫌がらせ、噂、そういったものからユメを守る為だったが、それはユメさえも知らない。そもそも、ユメはそういったことを気にしない方だ。ナティが勝手にやっていることだった。
 他人から見れば、それはどう考えても王からユメへの贈り物だった。公的な金を、私用に使うというのはあまり褒められたことではない。それも、第一王妃を差し置いて。これについて、王族や貴族から文句が出ていたが、ナティは一切取り合わなかった。

 その年の三月になって、戦争は縮小の方向へ向かって話し合いが進んでいた。しかし実際の戦場へそれが影響するのはもう少し先のことになってしまう。
 ユメの為の館は、一部は既に使える状態になっており、ユメはそこで暮らしていた。この館で働くのは全員、今まで城で働いていたのではない、新しい使用人達だった。
 ナティは仕事が忙しくなると、そちらに完全に集中してしまうようだ。最近、ユメはまたナティを見かけなくなった。ナティの仕事のほとんどは政府の人間との会合だ。そういったものには、第一王妃であるセラが付き添う。ユメも一度誘われたことがあるのだが、自信がなくて断ってしまった。
 ユメには、政治の知識は無い。わからないのなら、ただ隣で微笑んでいればいいんだとセイに言われたが、それすらもできる自信がなかった。報道で聞く、王と第一王妃の仲睦まじい様子が、真実のように聞こえてユメは辛くなる。セラのことを好きらしいガルイグが「あれは演技だ」と笑って言うが、そこまでできるセラが余計ナティに相応しく見えて、自分が惨めに思えた。
 ユメは、王妃になりたかったわけではない。ナティの特別になりたかっただけだ。
「変なことを言いますね」
 ユメの話を聞いていたガルイグが、そう言って立ち上がった。
「あなたほどナティに愛されている人は見たことがありませんよ。ナティの気持ちを疑うのですか?」
「そういう意味じゃない。自分がナティの力になれないのが嫌なんだ」
 ユメが言うと、ガルイグは溜息を吐いてみせた。
「人には、向き不向きがあります。そういう意味で、セラの為政者としての能力は、あなたを遥かに凌駕していることでしょう。彼女は、国の為なら身内を犠牲にすることも厭わない」
 シドのことを言っているのだろう。セラの実父であるシドは、王不在の国内に於いて『人形』を本物のセトだと偽り、摂政となって指導権を握った上で戦争を起こした。セラはそれを不服とし、自分の後援者を集めて自身の勢力を拡大し、王子セトが帰ってきた時には最初に自分の勢力に組み込んでしまった。いや、本人達はそうは考えていないはずだ。あくまでも、有能なセトを王とし、セラはその補佐をしていると思っている。周りのほとんどの者も、そう考えている。セトがセラの勢力に入ったなどと言うのは、ガルイグだけだ。
「あなたには、あなたにしかできないことがあるはずです。ああ、もちろん戦えと言っているわけではないですよ」
 ユメが戦っていたことは、ガルイグも知っている。その戦いで、どれだけ活躍したのかも聞いて知っていることだろう。しかし、今ユメは戦う必要が無い。
「戦うこと以外、知らない」
 ユメが呟く。
 膝の上で組んだ両手を、強く握り締める。
 その様子を見ながら、ガルイグは言った。
「あなたの気持ちを、ナティに伝えた方が良い。わたしに相談するよりも、その方が早く解決すると思います」
 言いながら、部屋から出て行く。
「ナティを呼んできます」
 ユメに呼び止める隙を与えず、ガルイグは急ぎ足で去って行った。
 忙しいナティを呼び出すのは気が引ける。だから、今までユメはナティを呼び出したことがなかった。本当は、禁止されているわけでもないのだから呼んでみれば良かったのだ。どうしても忙しければ来ないだろうし、時間を詰めてでも来られるのなら来るだろう。そうしなかったのは。
 ナティの気持ちを疑ってなんか。
 少し伸びてきた髪を、鬱陶しく感じる。髪を伸ばすことになったのは、侍女が髪が長い方がドレスが似合うと言って、髪を切ってくれないからだ。ドレスを着たいとは思わないのだが、用意される衣服が全て、古風なふわりとした裾のドレスなのだから仕方がない。そう言えば、この前侍女から、言葉遣いを改めてはどうかと提案された。せめて自分のことを『私』と言えば、もっと王妃らしくなると言うのだ。
 ユメは部屋の北側の、バルコニーに出るガラスの扉を押し開けた。まだ庭は工事の途中で、何がどうなる予定なのか予想もつかない。
 『私』と同じ。どうなるのか予想がつかない。
「ユメ」
 声が後ろから聞こえた。
 ナティが部屋に入り、バルコニーに足早に歩いて来た。
 ユメの返事も聞かずに、ユメを抱き締めて唇に口付けをする。
「人が見てる」
 何かの用事だろう。使用人達が庭を横切って行く。
「ここは俺の庭だ。自分の庭で何をしても、勝手だろう」
 ナティがユメの髪を撫でながら言う。
「会いたかった」
 訳が分からない。会いたいのなら、来ればいいのだ。ガルイグが言えば来るのだから、会う時間はあるということなのだろうに。
 そう思ってから、気付く。
 自分も、会いたいと思っていても、会いに行こうとはしなかった。
 行動するのは、案外難しいものなのだ。
 バルコニーから部屋に戻って、寝室にあるソファに隣り合って座る。ユメの部屋は今のところ、連なった二つの部屋でできていて、片方はバルコニーにも出られて、応接椅子と机が置いてあり、訪問客をもてなしたりするのに使える。もう片方の部屋は寝室で、もっとくつろげるように大きなソファや書棚があった。
「その服、お前の侍女が勝手に選んでるんだろう。デイで普通に着てるような服も用意できるぞ」
 ナティが言う。
「変か?」
「いや綺麗だよ」
 話の流れで自然と口をついて出て、お互いに赤面する。
 しかしすぐに、真剣な表情になって、ナティが言った。
「王妃になるのは、辛いか」
 辛いかと聞かれると、よく分からなかった。それ以前の問題なのだ。王妃というものがどういうものなのか、ユメには想像ができない。ただ、セラのような人が向いているというのは分かる。
「俺は、ユメが望むなら、王位から退いても良いと考えている」
 ナティの言葉が、重い。
 ナティが王になりたがっていたのではないことは知っている。しかし、今この国から王がまた居なくなってしまったら、また混乱するのではないか。
「それは駄目だ」
 答える。
「お前は、この国に必要だろう」
「そうか」
 ナティが寂しげな顔で言った。
「その、そんなに忙しいのか? 今日みたいに、たまには会いたいんだが」
 ユメが尋ねる。
 ナティが苦笑した。
「ああ、そういうことか。ガルイグが中途半端にしか伝えないから」
「今俺、何か変なことを言ったか?」
「いや、すまない。そうじゃないんだ。俺が勝手に勘違いしていた」
 ナティが笑いながら言って、ユメの頬に口付けする。
 ナティは、ユメが自分のことを『俺』と言ったり、男っぽい服装をしていても、それを改めろと注意をしたりしない。全てを認めてもらっているようで、ナティと一緒に居るのは心地よかった。
 その日から、ナティは一日に一度は、必ずユメと過ごす時間を作るようになった。

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