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最後の戦士達

第十章

行方

 連合軍との代表による話し合いは、もう五度目になる。ウィケッドの代表として出席しているのは、王の従兄弟であるインカムだ。元々、鎖国をしていたウィケッドには外交官やそれを管轄する部署が無かった。他国の情勢について知っている者は王族にすら少ない。急遽、インカムに知識を詰め込ませて、外交官に仕立てたのだった。インカムは会話が上手く、今のところ即席の外交官であるということは問題になっていない。この先も問題になることは無いだろう。
 そんな時、ウィケッド国内で内乱が起こった。戦争に加担していた貴族が、勝てる戦争をやめるのはおかしいと言い出したのだ。注ぎ込んだ金が返ってくる当てが無いというのが、彼らの反乱の原動力のようだった。
 ナティは首謀者の割り出しを急がせた。シドは現在軟禁状態だから、彼が首謀とは思えない。他に思い当たる人物と言われると、シドの味方をしていた貴族を始め、先代の女王の時代の政敵から親戚筋まで、人数が多すぎた。
 内乱の影響は、ユメにまで及んだ。
 夕暮れ時、離れの館のユメの部屋に、数名の賊が侵入した。
「王は第二王妃に現を抜かしているそうだ。今ここで王妃を人質に取れば、この戦を有利に進められる」
 わざわざ説明をされても、と思うユメの目の前で、侵入者は高らかに言った。
 ユメはウィケッドに来てから作ってもらった剣を鞘から抜き放つ。まだ何も切ったことのない、綺麗な剣だった。それは、豪華なドレスを着ている今のユメには、不釣合いに見えた。
「そんなものでどうしようっていうんだ? お姫様にそんなもの使えるのか? 自害はごめんだぞ」
 多少怯える様子を見せながら、男が言った。男は、まさか自分が殺されるとは思っていないだろう。自殺されると困ると思って怯えているのだ。
「裁縫を習っておいて良かった」
 ユメが言う。
 何のことだと顔を見合わせている侵入者達の前で、ユメはドレスの裾を膝の辺りで横に裂いた。布には裂け易い方向がある。
「来い」
 裾を一回り切り取って、とりあえずは動きやすくなったので、ユメは剣を構えた。
 侍女達は最初に避難させた。本来ならば主であるユメを全力で守るべきかもしれないが、そんなことをされても迷惑なだけだ。
 侵入者達は小声で話し合っていたようだが、そのうち一人がユメに近付いてきた。視線の先はユメが剣を持つ手元。叩き落とそうということだろう。
「殺しても良いんだな?」
 ユメが呟く。誰に聞いたわけでもなかった。
「一人は生かしておかなければ」
 付け加える。
 目の前に迫った男を、ユメは迷わずに刺した。剣を男の体から引き抜いて、次に掛かってきた男の首筋を狙って切る。血が飛び散って、部屋を汚した。
「逃げろ……!」
 残った侵入者が、喚いた。
 三歩。間合いに入るまでに掛かった時間は一瞬。逃げろと言った男を切る。
 廊下に逃げ出そうとした四人目の顔を、剣の柄で殴った。
 最後の五人目は廊下に走り出て、ユメに背を向けて逃げようとしている。
 肩から背を切る。首を切った時程ではないが、これも血が辺りに迸った。
 ユメは部屋に戻って、さっき裂いたドレスの裾で剣を拭き、鞘に戻した。ドレスの裾をもう少し細かく裂いて、顔を潰した男の両腕を後ろに縛るのと、猿轡をするのに使った。
 暫くしてから、逃げた侍女から知らせを受けたのか、城の衛兵が部屋に入ってきた。
「うわ」
 血に驚いたのか、衛兵は呻いた。
「王を呼んでこい」
 ユメは衛兵に言い付ける。
「かしこまりました」
 若い衛兵は答えて、部屋から出て行った。場内を守る衛兵としては、賊が侵入したというのにひとりでここに来るのも間違っているし、この状態で王妃を犯人と二人きりで残すのも間違っているのだが、相当気が動転していたのだろう。
 衛兵はすぐにナティを連れて戻ってきた。既にナティがこちらへ向かっていたのだ。
「賊が侵入したと聞いたが、これで全員か」
 部屋に入って、ナティがユメに尋ねる。
「ああ。少なくとも、ここまで来たのはこの五人だ」
 ユメを殺すつもりで来たのであれば、もっとしっかりとした武器を持ってきていただろう。侵入者は基本的に素手でユメに近付いてきたのだから、目的は王妃の誘拐で間違い無さそうだった。
「襲う相手を間違えたな」
 ナティが言いながら、ユメが捕らえた男の猿轡を外した。
「ワザケヲタ」
 魔法を唱える。麻痺させる呪文だ。子どもなら全身に麻痺が回るが、大人なら軽い麻痺程度の効果。自害を防ぐ為だった。
「誰に頼まれてここに来た」
 ナティが尋ねる。
「う……誰……知ら…ない」
 男が呻く。
「拷問は、好きではないのだが……」
 ナティが言って、机の上にあった果物ナイフを手に取った。
「どの指が大事だ? 最後に取っておいてやろう」
 麻痺しているとは言え、そう強いものでもないから、ナイフで切れば相当痛いだろう。
 実際にやるつもりなのかどうか、ユメには分からなかった。自分達と一緒に旅をしていた頃のナティなら、絶対にこんなことはやらなかった。言わないなら言わないで気にしない、知る手段を別に考える、考えられるのがナティだったから。
 しかし、現状は切羽詰っている。ユメにまで被害が及んだことで、ナティは気が立っていた。
 実際にナイフの刃を、男の小指の第一関節の上に乗せてみたりしている。
 そのうちに、衛兵が数名集まってきた。
「前の王……大臣……コーザ……という名の」
 男が途切れ途切れに答える。
 コーザは先代の女王が即位した数年後から暫くの間大臣だった男だ。シド派だったという話は聞いていた。しかし、ナティはシドの更迭後に何度かコーザと会っており、その際にナティに対して友好的な態度だったのだが。
「牢屋へ入れて置け。牢の警備を怠るな」
 後から来た衛兵が、男を連れて出て行く。
「他に衛兵を何名か呼んで、部屋の片付けをしておいてくれ」
 部屋に残った最初の衛兵に、ナティは命令した。
 ナティに付いて、ユメは城に戻った。
「部屋が片付くまで、俺の部屋を使ってくれ。着替えは今持ってこさせる。風呂に入れ。血だらけだ」
 ナティが言うので、ユメは頷いた。
 やり過ぎたかもしれない、と思う。相手は素手だったのだから、こちらも素手でも良かったのだ。素手だからと言って、相手を生かしておけるとは限らないが。
 風呂から上がったユメを、ナティが抱き締めて、髪の匂いを嗅ぐ。
 ナティに包まれた瞬間、もう何度も経験しているのに未だに心が躍る。嬉しくて仕方ない。ただ、その後のナティの行動はユメには意味不明なことが多かった。
「何だ?」
「いや、血の匂いがするから」
「そうか? 洗ったんだがな」
「ああ、ユメが怪我してるんじゃなければ、別に良いんだ。無事で良かった」
 ナティがユメを見て微笑む。
 剣を使ったのは間違いではなかった。相手の力が分からない以上、自分が最も力を発揮できる方法で戦う方が良い。
「ユメ、俺の側に居てくれ。離れているのは不安なんだ。何でだろう。前はそんなこと思わなかったんだが」
「状況が変わったせいだろう」
 ユメは答える。
 離れている間に相手に何かあったらどうしよう、という不安。何もないうちはそんな心配をすることも無いのだろうが、今のように狙われているのでは、安心して相手と別行動を取ることができない。
「ああ。そうかもしれないな」
 ナティはユメを抱き締めたまま、言った。
 違う。本当は、一度手に入れた幸せを失うのが怖いんだ。
 最初から無いものなら、さほど気にはならない。『手に入れば嬉しいもの』だ。しかし一度でも手にしてしまうと、嬉しいものだったはずのそれは、『失うのが怖いもの』に変貌する。
 ユメは、ナティにとっての『幸せ』その物だった。

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