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最後の戦士達

第十章

行方

 コーゼの討伐には、ガルイグを指導者とした兵団を向かわせた。ガルイグは精霊魔法使いだ。精霊魔法使いは悪しきものとされて公には出てこなかった。だが、王であるセトも精霊魔法を使える。ガルイグのような精霊魔法使いを国民に肯定してもらわないと、セトも困るわけだ。
 コーゼは、魔法使いでも科学者でもない。単に少しばかり頭が良いだけの、ただの人間だ。シドを推すことで、シド派を纏める役目を担っていたが、コーゼ自身について行く者は居なかった。ガルイグがコーゼを彼の館で追い詰めた時、彼の周辺には家族や仲間は一人も居なかった。彼の妻や子は、既に自害していたのだ。後味の悪い戦いだった。
 それでも、反乱分子をまとめていたコーゼが居なくなったことで国内は上辺ひとつにまとまり、終戦に向けて本格的に動き出した。
 アージェント国を説得するため、セトは多大な賠償を支払うことを決めた。アージェントは『騙されたのだ』と言い張る。当時のことはシドが口を割らない為、未だ分からない。しかし、戦を始めるきっかけになったと思われる薬、あれがウィケッドで生産されていた事、アージェントは武器を製造する技術すらなく、ほとんどがウィケッドから調達されたものであった事は真実だ。そう言った事からウィケッドが話を持ちかけたのであることは疑いなかった。
「誰が一番悪いんだか」
 ガルイグが言う。
 シドでしょ、と言いたいのをセイは堪えた。同じ卓を囲んで、セラも居る。いくらなんでも、本人の目の前で父親の悪口を言うのは気が引ける。
「『魔』だろ。結局、蜘蛛の姿をしているって以外、よく分かってないけどな」
 カムが答えた。
「人間以外の、知的生命体ってことですか」
 ガルイグが言った。
 カムはそういう考え方をしたことがなかった。この世界に居る生き物で、明確な意思を持って活動しているのは人類だけだと思っているからだ。
「うーん。そうなのかな」
 カムやセイは、『魔』というのは、悪の意思のようなものだと考えている。元は実体を持たず、何らかの強い意志によって実体化したものだと。
 話している男二人の横で、女三人が何かのゲームをしている。上から駒を落として、横か縦に四つ並べられたら勝ちというゲームらしい。
「それおもしろいのか?」
 カムが聞いた。
「飽きなかったらね」
 セイが笑って答える。
「気楽なもんだ」
「元から、城で悠々と過ごしている私達が、非公式な場で色々話しても仕方ありませんのよ。けれど脳を活性化させておかなくちゃ」
 セラが言う。セイやユメより一歳年下ということだが、考え方や行動は大人びている。
「俺は抜ける。考えるのは苦手だ」
 ユメが言って、セイとセラに挟まれていた席を立った。
「弱いのね」
「弱いのよ」
 セラとセイがユメを見て口々に言う。
「ユメ」
 部屋に、ナティが入ってきた。
 が、全員が自分の部屋に集まっているのが分かって、ナティに疑問の表情が浮かぶ。
「お前等、何してんだ? 人の部屋で」
「なんとなく?」
「遊んでたの」
「皆が居るって聞いたので」
「呼ばれました」
「俺は知らない」
 ナティの質問に、それぞれが答える。
 カムが席を立って、ナティの側に来た。
「心配するな。もう少ししたら出て行くから。ユメと二人きりになりたいんだろ」
 肩を組んで、ナティに囁く。
「そういう気遣いは、本人に分からないようにこっそりやってくれ」
 ナティが呆れた顔で言った。
 そのまま、ユメの隣の席に座る。席を何気なく近付けて置くのにも違和感が無かった。公式の場でなら、席は第一王妃であるセラの隣にすべきだが、ここはナティの自室だから、気にする必要は無い。
「どうなっていますか」
 ガルイグがナティに尋ねる。
「元婚約者は、慰謝料を払えば、手を切ってくれるそうだ」
「なるほど。予想の範囲内ですね。必要なのは国土を復興させる為の資金でしょうし」
「それはそれで、別に支払いを求められた」
「まあ。それでは、慰謝料は本当に慰謝料なんですのね。精神的な傷の分にしかならないんですの?」
 セラに言われて、ナティが頷く。
「おかしな話ですわ。身体の傷の回復のためなら出し惜しみなんてしませんけど、精神の傷には警備の者でも付けて、これからは安心して下さいで済ませばいいじゃないの」
 精神的な傷への慰謝料というのは、アージェントのお偉方の今後の補償のことだ。
 アージェントへの支払いを認めると、ウィケッドの官僚へも同様の支払いを行う必要が出てくると考えられる。しかし、ナティはウィケッドの官僚に補償する気は無い。戦争を起こしたのは、彼らだからだ。
「なんとか、セラの案を通すよう頑張ってみるよ。難しい問題だな。こちらも無尽蔵に金を出せるわけでは無い。金で解決するなら、その方が手っ取り早いんだがな」
「そういう考えは良くないわ。そんな考えがあるから、戦争が起こるんだから。『ここからならもっと金を引き出せる』って感じで」
 セイが口を挟んだ。
「そうかもしれませんね」
 ガルイグが先に答えた。おそらく、セラやナティには答え辛い事柄だろうから。
「ああそうだ。内通者が大体把握できた」
 ナティが話を変えて言う。
 ユメの館に敵があっさり侵入したことから考えて、内部に手引きをした者が居ると考えられた。もうコーゼは居ないし、他の反対派貴族達も今は静かにしているからそれほど急ぐ必要は無かったが、一応は犯罪者だ。見つけ出して裁かなければならない。
「それは良い知らせです」
 ガルイグが言う。
「でも何人か逃げたようですわね」
 セラが言った。セラに付いていた侍女の一人もいつの間にか居なくなっていたが、おそらくは内通者だったのだろう。他にもここ数日で、急に暇を貰いたいと言い出したり、居なくなったりした者が増えていた。
「ある程度は仕方ないと思っている。ただ、直接手引きした者だけは必ず捕らえる」
 ユメを見てナティが言う。
 ユメは頷いてみせた。
 その後、財政に関する話を少ししてから、ユメとナティ以外の全員がそれぞれの部屋に帰って行った。
「政治の話が、全く分からない」
 ユメが言う。
「デイと違うから、分かり難いんだろう。今は分からなくても良いよ。どうせ色々変わっていくところだ」
 セラ達が残したゲームを片付けながら、ナティが言った。
「今は、か……」
 そのうち、分かっておかなければならなくなるのだろうか。今もまだ、王妃の仕事がどういうものなのか分からない。誰も教えてくれないのだ。
 ナティも『王妃』のことは知らないのだという。分かるのは母親のこととセラのこと。二名とも、執政が好きで統率者に向いている。家系的にも申し分ない。そんな二人とユメとを比べても仕様がないとナティは言う。
「そうだな。前にも言ったけど、俺は王権を放棄しても構わない。ユメが辛いなら、俺はそうする」
 ナティは親切で言っているのだろうが、そう言われるとユメは「それは駄目だ」と答えるしかない。ウィケッドに王が居なくなったから、戦争が起こった。だから、ナティは、セトは王でなければならない。
 自分が、王妃でなければ良いだけのことだ……。
 ナティに抱かれるのは嬉しい。しかし別に、王妃でなくても良いはずではないか?
「こういうこと、セラにもしてるのか」
 ナティの口付けを受けて、ユメが尋ねる。
「まさか。ユメだけだ」
 ナティが笑った。
 ユメは眉間に皺を寄せた。
「なんだ?」
 ナティが言って、その眉間に唇を落とす。
「おかしいだろ。セラが第一王妃じゃないか」
「書類上は。でもセラも認めている。俺が愛するのはユメだけだって」
 はっきり言われると、気恥ずかしい。
「たまにはセラの所にも行ってやれ。周りに不審がられる」
 ユメの言葉を聞いて、ユメの体にキスを落としていたナティが止まった。
「誰か、ユメに何か言ったのか」
「第一王妃こそが国の王妃なのに、それをないがしろにする王はおかしいと」
「ユメの侍女がか? お前の侍女はお前に忠誠を誓ったはずだ。俺がユメを大事にすることを喜びこそすれ、第一王妃の顔を立てることなどないはずだ」
 言われてみると、確かにナティの言う通りだった。
 ナティに請われて、その侍女が話したことや、彼女の普段の行動についてユメは語った。
 そして、その侍女こそが、ユメの館へ侵入した賊の手引きをした本人だと結論付けられた。

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