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最後の戦士達

第十章

行方


 またいつものように、ナティの部屋にみんなが集まっていた。
 ガルイグが珍しく、帽子を被っていない。侍女が持ってきたナティの為の新しい外套を着て、普段ナティが座る席に座って遊んでいたのだ。いや遊ばれていたと言う方が正しいだろうか。
 セラとセイが、ナティの物を勝手に使うことを嫌がるガルイグを面白がって、外套を着せたり帽子を取ったり、ユメの隣の席に座らせたりしているのだ。
 そのうち調子に乗ったガルイグは、ナティの口真似をして遊び始めた。
「似てる似てる」
 などと言って、セラとセイは笑っている。
 そこに、ナティが入ってきた。
 セラ達の影に隠れて見えなかったガルイグの姿を見て、ナティは歩み寄る。その歩調は普段よりも早かった。
「何をしている」
 言って、ガルイグが羽織っていた外套の襟首を掴み、立ち上がらせる。
 そこまで怒るとは思っていなかったセイは、ナティを止めることを思いつきもしなかった。
 セラがナティとガルイグの間に割り行って言う。
「ごめんなさい、ナティ。勝手にあなたの物を借りたのは謝るから」
 ナティがガルイグを突き放した。
 ガルイグはよろめきながらも、セラに支えられて踏みとどまった。
「二度とこんな真似はするな」
 吐き捨てるように言って、ナティは自分の席に座った。
 普段ならナティの言うことにはすぐに返事をするガルイグも、ナティの態度に驚いているのか言葉が無い。
「どうしたんだ、ナティ」
 カムが聞く。
「別に」
 ナティは短く言った。
 自分でも、なぜあれほど頭に来たのか分からなかった。ただ王の格好をしたガルイグを見て、何となく嫌な感じがしたのだ。漠然と、しかし強く感じた不安。ナティは小さく首を傾げる。自分の真似をされたことの何がそんなに気に入らなかったのか、ほんの数分前のことなのだが、もう忘れてしまった。それほど漠然としていた。
「初めての予算会議はどうでしたか」
 ガルイグがナティの外套をセラに手渡しながら言う。
「どうもこうも無い。俺は基本的に承認するだけだからな。優秀な会計を集めてくれたことを感謝するよ」
 それを聞いたセラが微笑む。今回の臨時予算審議に関わる者の大半は、セラが推薦した者達だったからだ。
「停戦協定は結んだし、補償の件もこれで一応片付いたから、やっと一段落付いた感じだな」
 ナティが言った。
「弔問はどうなさいますの?」
 セラが尋ねる。
 ナティがわざとらしく顔を顰めた。
「気が乗らないな。こちらの兵の弔問に回ったら、デイやエキシビシュンの国民の反感を買うことになるだろうし。できることと言えばせいぜい戦地の慰問くらいだが、それはそれで今更な感もあるしな」
 停戦協定が結ばれたのはほんの三日前のことだが、戦争事態はそれより数ヶ月前から沈静化していて、何週間か前からは停戦の情報も流れていた。その為、協定が結ばれた直後から全ての兵は手早く撤退を始め、戦地となった場所に現在残るのは、瓦礫を片付ける業者のみとなっていた。
「ところで、俺たちはいつまでここに居ればいいんだ?」
 カムが言った。
「戦争自体の行方はもう決まったのだろうが、俺たちはどうなる。容疑は晴れたのか、どうなのか」
 ナティはガルイグの方を見た。
 ガルイグが咳払いをひとつして、説明を始める。
「その件ですが、今のところ進展はありません。ナティについては、ナティセルという名前自体が偽名でしたし、これからはセトとして生活すれば何の問題もないでしょう。しかし他の皆さんについてはそうもいきません」
「なるほどな。ナティは安全ってことか。前ガルイグも言っていたが、容疑者を城に匿っているのがバレたらまずいんじゃないか? そろそろ、俺とセイは動いた方が良いと思う」
「俺はどうすれば良い」
 ユメが言った。
 キフリの宮破壊の容疑者として手配されているのは、名前は公表されていないものの、おそらくはユメ、ナティ、セイ、カム、トライの五人だ。カムは『俺とセイは』と言ったが、ユメも例外では無いのだ。
「ユメ一人くらいなら大丈夫なんだろう?」
 カムが言う。
 それに答えて頷いたのはセラだった。
「もちろん、カムやセイも心配はいりません。すっとここに居て下さって大丈夫です」
 それを聞いて、カムが苦笑した。
「お得意の情報操作か。でも違うな。俺はそんな安心感が欲しいんじゃないんだ。俺がこの城から、国から出ても平気なのか? それを知りたい」
 隣で、セイも頷く。
「それは……」
 セラが口篭る。
「それは、困ります」
 はっきり言ったのはガルイグだった。
「あなた方を外に出す事で、あなた方の口から、セト王がその仲間だったと知れる可能性がある。それは許可できない」
「仲間だったことは事実だろう」
 カムは口の端を上げて言う。
「俺はあなた達のやり方が気に入らない。王を守ろうとしているのは分かるが、ナティも俺も同じ人間だ。守られる度合いが違うのはおかしいんじゃないか? 大体、なぜ情報を操作し、嘘を国民に伝える必要がある。真実を伝えてこそ意味があるんじゃないのか。ナティを国民の前に晒さないのはなぜだ? この外見だ、見せた方が人気が出るだろうに、なぜそれをしない。なぜ文字のみの記事ばかり多い? ナティを守るためか? 万が一、容疑者として外見の情報が流れた時にも対処できるようにか」
「カム!」
 セイが強い口調でカムを呼んだ。
 カムがセイに目を向ける。
「カムが言ってることも分かるの。でも、そうじゃないでしょ。この国のことは、この国の人に任せるしかない。わたし達が意見することじゃないわ。それに論点がずれてる。言いたかったのはナティの大衆媒体への露出の問題じゃなくて、わたし達がどうすれば自分の家に帰れるかよ」
 セイとカムは、このことについて何度も話した。時間が経てば容疑者としての疑いが晴れて、帰れるのではないか。ウィケッド得意の情報操作で、無かった事にしてくれるのではないか。そしていつも、ウィケッドの情報操作のやり方が汚いと言って、カムが怒り出してしまうのだ。
「ごめんなさいガルイグ、カムが変なこと言って。でもわたし達、もう随分長い間ここに居るわ。だから、家族のこととか、友達のこととか、どうなってるか全然伝わってこなくて不安なの。自分の目で、今どうなってるか見て来たいの」
 セイが言う。
 デイの内陸にあるセイとユメの実家は何事もなくやっているだろうと想像できる。しかし、エクシビシュンの首都フライディーに住むカムの家族はどうなったのだろう。昔から滅多に連絡を取っていなかったから今更どうでも良い、とカムは言うが、本当は心配に違いないのだ。
「……護衛、いや監視を付けての外出を許可する。常に監視と共に行動すること。家族の状況を確認できたら、すぐに戻ること。一ヶ月以内に戻ること。監視を撒こうとしたり、期限内に戻らない場合は、必ず連れ戻して、俺がお前たちの記憶を封じる」
 ナティがゆっくりと言った。そのまま、俯く。軽く下唇を噛んだ。ここには自分以上の地位の人間は居ない。この前まで同じ立場の仲間だったのに、今は許可を出すという言い方しかできない。
 かなり厳しい条件だ。しかし、これを飲まないことには外出が一切できない。
「わかったわ」
 セイは頷きながら答えた。
「仕方ない。俺もそれで良い。別に逃げようとしてるわけじゃないんだからな」
 カムも言う。
「だが、やっぱりお前達のやり方は気に入らない。ナティ、お前もだ。俺達のことが信じられないのか?」
「そうじゃない」
 顔を上げて即答する。
「そうじゃないんだ」
 同じ言葉を繰り返すナティを横目に見ながら、カムは部屋から出て行った。セイもそれに続く。
「私もこれで失礼しますわ」
 セラが言って、一礼してから部屋を出た。
「申し訳ございません」
 ガルイグがナティに向かって頭を下げて、それからセラの後を追うように部屋から出る。
 俯いたままのナティを、ユメは見ていた。
 ナティがカム達と一緒に行動できれば、監視を別に付ける必要もないし、期限を設ける必要もない。しかし、ナティはウィケッドの王で、今外国へ行くことはできないのだ。
「ナティ」
 ユメが言う。
「王を辞めることはできるのか?」
 ナティが前言っていた。ユメが望まないのであれば、王位から退いても構わないと。その言葉は、王妃の役割を上手くこなすことができないユメの為を思って言った言葉なのだろうが、それ以外の理由でも構わないだろうか。
 ナティが辛そうなのを見たくないからという理由でも、構わないだろうか。
 ナティの瞳が、ユメを映す。
 静かに、ナティはユメを抱き締めた。
「ありがとう、ユメ」
 ユメと顔を見合わせて、ナティが微笑む。
「少し、気持ちが軽くなった」
 ユメの言葉に、ナティがどんな決断を下したのかは、まだ分からない。けれど、ユメは答えた。
「良かった」
 ナティが笑ってくれて、良かった。

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