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愛の淵 4

 城へ篭り、王としての仕事をこなさなければならない。書類に目を通し、印を押すだけの、重要だが退屈な仕事だった。
 退屈な仕事に、一枚の妙な手紙が紛れていた。
 勢いで印を押しそうになった手を、逆の手で止める。
 開封された形跡はない。
 ここへ通される書類は、例外なく、一旦封を切られ、中を改められるはずだった。
 手紙の表にも裏にも、何も書かれていない。中に入っている緑色の便箋のようなものが、封筒から透けて見えているが、それ以外にも、封筒には一緒に入っているようだった。
 何か、柔らかく、小さなもの。シーラの手は、封書の外側からですら、それを触るのを躊躇った。
 封を切ろうと、シーラは手紙を手に取る。
 指先が震えていた。
 ここへ、封を切らずに届く手紙。それは、ここに居る誰かが、この場に置いたと、そう考えられるからだ。
 封を切り、中身を机にばら撒く。
 緑色の便箋は、ふわりと落ちたが、それより前に、同じ濃い緑をした小さな指先が転げ落ちた。
 封筒の中に入っていたのだろう。どれも切り口から腐りかけている。爪が半分割れているものもあるし、綺麗な状態のものもある。
「何なの」
 声が漏れた。
 周りに聞きつけられて、皆がシーラを見た。
 周りを見渡す。誰だ、これをここに置いたのは。
 しかし、誰も怪しい素振りは見せない。
 神の手ではないようだった。このような、不気味な緑の手を持つものといえば、シーラは一つの種族しか知らない。
 白き壁から湧き出る、悪魔。
 手紙に目を通す。
『動の国の王よ、我々は壁から湧き出るものどもの王である。このまま行けば、この戦争は、静の国の勝利に終わるであろうが、我らの協力があれば、あの悪魔どもをすべて静の国に送り、戦争を勝利のうちに終わらせることもできるであろう。協力するかしないかは、王の首を我らに差し出すか否かで決めてもらおう。我らは常に、この世界を見守っているのであるから、王が自ら首を差し出せば、すぐに頂戴しに参る。あまりゆっくりと考えている時間はないぞ』
「信じろというのか」
 声に出す。
 ここに居る誰かが、この手紙を入れたのだから、何のことか本人だけはわかっているはずだ。
「このような茶番に、誰がだまされると?」
 シーラは緑の指先を床に投げた。
 周りにいた神々は飛びのくように避けた。
「私の首は私のもの」
 自分の首に触れ、シーラは呟いた。
 自分の首筋に、何かが巻きついているような、そんな感覚にとらわれていた。
「我々はいつも見ております」
 声がして、シーラはそちらに目をやる。
 しかし、ここにいる誰の声でもない。
 誰なの? わたしに何をさせたいの?
 誰も答えるものはない。
 先ほどシーラが投げた指は、既に誰かが片付けていた。
 他の神々も、何事も無かったかのように、それぞれの持ち場へ戻っている。
 シーラも王座に戻り、書類に印を押す作業を続けた。
 先ほどの出来事は夢か幻のように思えたが、わずかに漂う死臭が、幻でないことを示していた。
 誰かに見られている、そうシーラが感じるようになったのは、その日からだった。
 気のせいかもしれない。
 見られていたとしても、それは別に王を見ているだけなのだ、不思議なことではないのだから、恐れる必要はないのかもしれない。
 誰とも知れぬ視線に、シーラは怯える。
 翌日も、机の上には、封の切られていない封筒があった。中には、歪んだ耳が入っていた。
 次の日には、腐臭の染み付いた頭髪と思しきものが、大量に入っていた。
 その度に、中に入っている便箋には整った文字で、『王の首を差し出せ』と書かれてあるのだ。
「この文が本物であると言うならば、何か証拠を見せて欲しい」
 誰が置くのか分からないが、この中の誰かであることは確かだ。シーラは震える声で、言った。
 翌日、二つの国を分かつ壁からは悪魔が沸くことはなかった。変わりに、静の国では、倍の悪魔が現われ、民衆を次から次へと殺しているという噂が、動の国では流れた。
 その翌日は、またいつも通りだった。机の上の封筒には、皮膚が入っていた。手紙には『証拠は見せたが、王の首はまだか』と書かれてあった。

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