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月下の花 −器−

王宮

 

2967年9月

 何年かぶりに、セトは自分の家へ戻って来た。自分の部屋の窓から表門を眺める。次々に入って来る車を。
「セト様」
 いつもとは違う従者が、窓辺に居るセトに向かって声をかけた。
「客人も揃いましたので、そろそろ準備なさってください」
「分かった」
 セトは窓の外に顔を向けたまま答えた。
 従者が部屋を出る。それからやっと、セトは部屋の中へ視線を戻した。
 肩までほどある金髪は、揃えて切ってあるわけでもなく、ただ伸ばしただけ、といった感じを受ける。それでも、セトの持つ気品は損なわれていない。
 セトは、小さな冠を自分の頭に乗せた。
 やっぱり女みたいだ。
セトは鏡の中の自分を見て思った。
 セト――いや、ナティセルが女に間違われるのは、髪が長いせいではない。分かっているが、髪のせいにしたくて、ナティセルは髪を伸ばしていた。 

 ナティセルは身だしなみを整えると、部屋を出て、宴が開かれている会場へ向かった。
 宴の主催は王家の後援会であるが、主役はセトである。今日はセトの誕生日なのだ。
 ナティセルが会場の舞台袖に着いた頃、後援会の代表が、始まりの挨拶をしていた。
 代表の挨拶が終わると、入れ替わりに、ナティセルが舞台に上がった。
「それでは、本日の宴の主役である、セト王子にご挨拶願いましょう」
 司会の男がそう言って、壇上のナティセルを見た。
 普通の宴と違うのは、客人たちの態度が良いためか、会場全体が静かに壇上の人の話を聞いてくれる点だ。
「今日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます。後援会の皆様、本日このように盛大に宴を開けるのは、皆様のお陰です。ありがとうございます」
 軽く会釈する。あまり深く頭を下げては王子らしくない。
「それでは皆様、存分にお楽しみください」
 ナティセルはそう言うと、舞台を下りて、挨拶をするために客人たちの方へ行った。
 客人たちには一人ずつ席が用意されているが、特にその席にとどまる者は居ない。それぞれに食事をしながら、会話を進め始めた。
 王族がこれだれけ集まるのは、珍しいのではないだろうか。ナティセル自身、初めて顔を見る者がほとんどだった。
 ナティセルは、舞台を下りたとき近くにいた従者から渡されたグラスだけを持って、客人たちの席の間を歩いた。
 席の並びは、今はこの国の女王となった、ナティセルの母親の兄弟姉妹とその家族がもっとも前に、続いて亡き父親の兄弟姉妹とその家族、後方にはそれよりも遠い親戚や、国の重要人物が招かれていた。
 もっとも、皆がばらばらと席を立ってしまったので、誰がどの類の親戚に属するのか、分からなくなってしまったが。
「王子、お誕生日おめでとうございます」
 誰かが言った。
「ありがとう」
 ナティセルは笑顔を作って答えた。
 セトはその容姿の端麗さと、先王の一人息子であるということが相俟って、噂だけは多くに広まっていた。まあ、噂などどこかで誇張されるもので、実際のセト王子を目にして、がっかりした者も居ただろう。
 確かにナティセルは美しい。が、その美しさは幼さからくるものが多かった。まだ14歳になったばかりなのだ。背丈は低く、声もまだ幼い。
「お初にお目にかかります。ビョウシャ=シドでございます」
 また一人、ナティセルに声をかけた物があった。
 ナティセルの母の弟、つまり叔父にあたる人だった。
「初めまして。お噂は聞いておりますよ」
 ナティセルは握手をして言った。
 このシドという人物に関して、あまり好い噂は聞かない。ナティセルにとってはどうでも良いことであるが、最近、王族派の人々を丸め込んで、勢力拡大を図っているそうだ。
 女王の弟であるがゆえ、病気がちの女王がもし亡くなりでもしたら、その時には女王の息子であるセトの敵となるかもしれない。
 シドは、見た目人が良さそうであるが、恐らくそれは外面だけであろう。
「女王の具合はいかがかな」
「今日は途中からになりますが、宴に参加したいとおっしゃっておりました」
 ナティセルは答えた。
 母の具合は日増しに悪化している。しかし、それは公にはしていない。今日も、本当なら来ない方が良いのだが、まだ健全であることを示すために、途中から来るのだ。
 一人の少女が、シドの方へ向かって歩いて来た。
 それに気づいたナティセルは、シドに別れの挨拶をして、別の客の方へ行った。
「お父様」
 少女はシドの傍らへ立つと言った。
「あの方は、どなたですの?」
 金色の髪を縦巻きにして、大き目のリボンを飾ってある。
「セト様だよ」
 シドは娘に向かって答えた。
「あの方が……?」
 少女は、ナティセルが去って行った方を、ほうけたように眺めた。
「どうかしたのか?」
 シドは尋ねた。
「いえ。ただ、お美しい方だと思って……」
 少女は少し頬を上気させて答えた。

 ナティセルはやはり若すぎた。どうも、知り合いも居ない宴を、グラス一杯のジュースでうろつくのは楽しくなかった。途中で女王が来たのを良いことに、ナティセルは会場を抜け出して、自分に与えられた部屋に戻った。
 部屋には、セトの誕生日を祝って、数々の花束や品物が運び込まれていた。
 今更ながらに、自分が王子であることを思い知る。『ナティセル』では、こんなに沢山の贈り物を貰うことはできないだろうから。
 ナティセルは、自分が持ってきた荷物の紐をといた。中には、女物の服が一着入っている。
 扉にも窓にも鍵をかけ、カーテンも引いた。
 ナティセルは女物の服に着替えると、同じ荷物の中から、化粧道具を取り出した。が、後のことを考えると、化粧を落としている暇がないかもしれないので、変装は服だけにした。
 王宮に居るのは、ナティセルの親戚がほとんどだ。血の繋がりがあるので、ナティセルと似た感じの少女も多い。服装を変えただけでも、セトだとばれない自信があった。
 ナティセルは部屋を出ると、会場へは立ち寄らず、そのまま表門を目指した。
 表門で客を待っていた馬車の御者が、ナティセルに気づく。
 ナティセルは彼に金貨を渡して、ここから離れた所にある小さな食堂まで運んでもらうように言った。
「お嬢ちゃん、えらく早く出てきたね。宴は楽しかったかい?」
 御者は、ナティセルを女と思いこんで、そう話しかけた。
「今日は私の誕生日なの」
 ナティセルはそう答えた。
 御者は、その答えの意味を考えていたようだったが、結局わからなかったらしく、もう一度ナティセルに尋ねた。
「今日はセト王子の誕生日でしょう?」
「そう。だから、私の誕生日。私を祝ってくれる人達が、今から行くところで待ってくれてるんです」
 店に着いたらすぐに変装を解けるように、ドレスの下には普通の服を着ている。
 女装している時に知り合いに会わなければいいが。
 そう思いながら、馬車に揺られた。 

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