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月下の花 −器−

器 2

 ナティセルの動きを封じた魔法は、複数の人間によるものだ。そして、魔法を使う者の中にガルイグが居るのは、はっきりしていた。
 さっき感じた気配は、「何者か」のものではなく、ガルイグが気配を消したために感じたものだったことに気づいたのだ。
 ガルイグの姿は見えない。岩の陰にでも隠れたのだろう。他に数人居ると思われる魔法使いたちの姿も見えない。
 魔力の来ている方向は分かる。自由に動けれぱそこへ行けるが、今のナティセルは、足を動かすことができなかった。
 何をするつもりなんだ。
 ナティセルは思った。自分をここに足止めして、一体何になるのか。何者かが、ナティセルの暗殺を企て、ガルイグを利用したのか、とも思ったが、どうやら、単に足止めをくらっているだけで、攻撃をしてくる様子はない。
 静かだった。――いや、風が吹き抜ける音がする。それだけだ。
 突然、男の声が響いた。
 聞いたことのない言語だ。何かに周りを囲まれているようで、ナティセルには、その声が奇妙に震えているように聞こえる。
 ナティセルの周囲が、白っぽい光でにごった。細かな微生物が集まっているかのように、光が揺らめく。光の粒のひとつと目が合った。
 いや、そんなわけはない。ナティセル自身の目が、光の粒に反射しただけだ。
 何だ?
 光の粒は、ナティセルの髪を映す。指を、肌を。
 光の精霊か?
 ナティセルは思った。精霊は、人形や物質に具現化することはあっても、それ自体の姿は見えない、元素のようなものだ。ナティセルは先ほどの考えを打ち消した。
 また、声が聞こえた。先ほどの男の声ではない。ナティセルの耳元に聞こえる。
『――――』
 それは耳から入ってきた音ではなく、頭に直接響く声だった。
「ナティセル。ビョウシャ=ナティセルだ」
 名を聞かれて、ナティセルはそう答えた。
 次に、声はナティセルに、祈りの主の希望に応えるか、と聞いた。
「祈りの主?」
 ナティセルが尋ねると、周りを囲む光の隙間から、数人の男達の顔が浮かんでは消えた。
 年取った、学者のような風貌の男。四十代半ばの普通の男。目が細く、眠ったような表情をしている男。占い師のような古い衣装を纏[まと]った男。そして、奇妙な形に帽子を被っている男、これはガルイグだ。
「ふざけるな!」
 祈りの主のために、自分の身をあけ渡せと言われたのだ。
 ナティセルは言った。
「俺の体をのっとって、この国を支配しようというのか」
『強い力が支配する。祈りの力は、おまえの意思よりも強い』
 ナティセルの肌に、光がまとわりついた。
 光はナティセルの皮膚の隙間に、細かな粒となって入り込む。
 一時して光は収まった。
「――どうした」
「器は――」
 途切れ途切れに、男達の会話が耳に入る。
「精霊の王よ」
 年取った男が言った。
 我に返る。
「私どもの願い、叶えてくださいませぬか。」
「願いが叶うことはありえぬ。」
 答えたのは、ナティセルではない。別のところからの声だった。
 その場に居る全員が、声のした方を向いた。
 声を出したのは、占い師のような風貌の男だ。
「失敗だ」
「何だと!? なぜ失敗だとわかる!」
 言われて、占い師のような男は、ガルイグに目をやる。
「――おのれ、裏切ったな!」
 目の細い男が、占い師が言わんとすることに気づいて、ガルイグを睨みつけた。
「死者を蘇らせるなど、人間としてあるまじきことだぞ!」
 年取った男が諭すように、しかしきつく言った。
 ガルイグの腕には、女物の服が抱かれていた。それはまだ形を整えていないが、たしかに、人を形作ってる。
「何が起こったんだ」
 ナティセルは言った。
 だが、誰もその問いに答えなかった。
 ややあって、細い目の男が口を開いた。
「こうなれば、裏切り者共々、死者をもう一度闇に帰すべき」
 他の男達の考えも同じようだ。
「闇に帰れ」
 短剣をかざして、ガルイグに向かう。
「妹に触るな」
 低い声でガルイグが言って、続けて呪文を唱えた。
 暗かった洞窟に、強い光が放たれる。
 眩しさに、皆が目を覆った。
 つい先程まで光に包まれていたナティセルには、その光もさほど眩しく感じなかった。
「ガルイグ!」
 ガルイグの元へ駆け寄ろうとする。
 だが、魔法使いたちによる魔法がまだ効いているのか、足は動かなかった。
「ガルイグ」
 もう一度呼ぶ。
 しかし、聞こえていないようだ。
 暗闇に戻った洞窟を、ガルイグは金髪の少女を抱いて、奥へと歩いて行った。
 魔法を使った五人の内の一人が欠けたことで効力を失ったのか、急にナティセルは自由になった。
 ナティセルは、他の四人は放っておいて、ガルイグを追った。

 ガルイグの腕の中で、少しずつ少女は形を整えていた。
 半透明の肌に、金髪だけがやけに生々しい。
 やはり、妹は死んでなどいなかった。
 赤みがかった頬がはっきり見えたとき、ガルイグはそう思った。
 少女は小さく息をした。
 そして、ゆっくり瞳を開く。
「ディティール」
 ガルイグは妹の名を呼んだ。
「お兄ちゃん……」
 少女は、元のままの瞳を兄に向け、そう言った。
 私は死んだ――
 安心したように柔らかい笑みを浮かべていたディティールの表情が、突然険しくなった。
「どうした、ディティール?」
 ガルイグが尋ねる。
「――わたしは、死んだわ。――お兄ちゃんが、殺したのよ。」
 ディティールは、抑揚のない声で言った。
 ガルイグははっとした。
「違う。違うんだ。あれは事故だったんだ」
 自分に何度も、心の中で言い聞かせていたことを、妹に向かって言った。

 ガルイグには、年の離れた妹が居た。ただ一人の身内だった。
 二人はいつも一緒に居た。妹の世話を自分がするのは当然だと思っていたから。
 物心ついたときから、精霊魔法を使えるようになっていた。その関係で、同じ精霊魔法使いたちと仲間になった。
 ディティールが十歳になるころから、ガルイグはディティールに対して、妹として以上の気持ちを持ち始めていた。ガルイグは十代後半である。
 しかし、その気持ちを妹に押し付けることはなかった。それがいけないことだと、わかっていたから。
 ディティールが、自分以外の男と親しげに話すのが気に入らなかった。
 ガルイグは、その男に精霊を見てほしいと持ちかけて、魔法で殺した。
 そのとき、妹が、その男を助けに入ったのだ。
 ディティールも、その時男と共に死んだ。

 死んだのだ。
「わたしはそれを後悔している。だからディティール、君を蘇らせたんだ」
 分かってくれ――
 そう、ガルイグは言った。
「お兄ちゃん」
 ディティールは言った。
「わたしを愛しているなら、わたしと一緒に死んで。」
 ガルイグが護身用に身に付けていた短剣を取って、ディティールはガルイグに切りかかった。
 反射的に、ガルイグはそれをかわし、妹を押さえつけて、短剣を奪い返す。
 しかし、すぐに自分がしていることが悪いことだと思い、ディティールを自由にした。
 短剣は元の鞘にもどした。
「すまない、ディティール。急にそんなことをするから。剣は危ない。女が扱う物じゃない」
 言い聞かせるように、ガルイグは言った。
 ディティールはうつむいて黙った。
 ディティールの輪郭が、薄く輝き始める。
 細い声で紡ぎだされた、精霊魔法だった。
「……」
「ディティール!」
 ガルイグが叫ぶ。
 信じられなかった。妹が、自分に向かって攻撃魔法を使うなど。
 蘇らせてやったのだ。感謝されることはあっても、うらまれるはずがない。先程短剣で襲ってきたのは、一時の感情に流されただけだ。
 ガルイグは思った。いや、思い込もうとしていただけだ。
「大地の精霊グロードよ――」
 ナティセルが追いついて、精霊に呼びかけた。
 ディティールの魔法がガルイグに届くよりも早く、大地の精霊が、ガルイグの前に壁を作り上げる。
――邪魔をするのか。
 ナティセルの頭に、声が響いた。沢山の声。
――そは我の道を阻む者か。
――邪魔だ。
――我が糧とならん。
「いいかげんにしろ。」
 ナティセルが声をあげる。
 ディティールと自分の間の壁が消えて、ガルイグがディティールに近づこうとしたからだ。
「それはおまえの妹じゃない!」
 その言葉に、ガルイグはナティセルを見た。
「ナティ……、今、何を……」
「それは精霊の見せた幻影だ」
 ナティセルには、声が聞こえている。複数の精霊の欠片の声。いや、欠片ですらないかもしれない。人々の想いで作られた、これすら、幻かもしれない。
「妹に見えているものの顔をよく見てみろ」
 言われて、ガルイグはディティールの顔を見る。
 生きていたとき、そのままである。何が幻影なものか。
「じゃあ、次にオレを見ろ」
 ナティセルの声の方を見る。しかし、白い服が少し、暗闇に浮かんで見えるのみだ。
「おまえの妹は、暗闇で光るのか?」
「……ああ、そうか。そうですよね、ナティ」
 ガルイグはそう言って、力を失ったように、その場に倒れた。
「ガルイグ」
 言って、駆け寄ろうとしたとき、ディティールの姿をしていたものが、大きく広がった。
――よくも邪魔を。おまえから殺してやる。
 光が細く散って、ナティセルの中に入り込もうとした。
「光の精霊よ、我が呼び声に応えよ。闇を照らす光を!」
 ナティセルが言うと、どこからともなく光が差し込んできた。
 その光におびえるように、細かな光たちは消えていく。
 さっきまで光に見えていた、その細かなものたちも、本物の光を浴びるとただの塵のようだった。
 ただの塵。残された屋敷に積もった塵――想い。精霊たちの幾つかが、この遺跡が埋もれるときに、欠片[かけら]を残していったのだろう。
 人が住む場所には、人が作った光がある。そこで生まれた精霊は、想いを残し、そして去っていく。いつか戻れることを祈りながら。
 ナティセルはこれまでにいくつもの遺跡を探索してきたが、いつも感じることだった。
 今回は、欠片が集まり、悪用されて本来の意味を失った。それだけだ。
「ガルイグ、」
 ナティセルはガルイグを呼んで起こした。
「戻るぞ。」
うなだれたガルイグに背を向けると、出口へ向かって、ナティセルは歩き出した。

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