現役時代




 現役時代、私は成績上、劣等生だった。
 平均評定は3.0。偏差値もよくて50、わるいときには40という素晴らしい成績を収めていたものだった。何せ、現役時代一秒も勉強をやっていないのだから当たり前だ。

放課後の教室に居座り続けるのは日常的だった


 しかし、教室にほとんど人がいない早朝に登校し、放課後は掃除終了後までは居座っていた。高校時代は、学校に行くことこそが生き甲斐であった。



 よき友に恵まれ、高校という限定された時間の中でアホ仲間と奇行を繰り広げることは、勉強なんぞよりも優先することだったのである。
 心配と経済的負担を両親に負わせたこと、教室でマジメに勉強していた奴の邪魔となっていたことに関しては、申し訳なく思わないでもないが、私は高校時代の生活に一片の残悔もない。


 クラスでは奇人・変人で通り、成績は下の中だった私の第一志望は、3年間一貫して法政だった。当時、私は社会学に強い関心を示しており、社会学をやるのならば伝統と実績ある法政大学社会学部こそがふさわしいと認識していたのである。
 模試では性懲りもなく「第一志望・法政大学社会学部社会学科」と書きつづけ、そのたびにE判定という素晴らしい結果表をもらっていた。だが、私は偏差値的に低いとされる大学に志望を変えようとは、決してしなかった。


 何も私は、受験をなめていた訳ではない。
 「何月から勉強すれだ大丈夫だろう」だの、「マークシートの偶然で受かる可能性もある」などと考えるほど私はバカではない。私は後学と面子のために、高校3年の2月に於いても大学受験を受けるつもりではいたが、「受かる」とも「受かろう」とも考えてはいなかった。万が一なんかの偶然で合格通知をもらったとしても、あえて浪人しようとまで考えていた。

1995年度代ゼミ模試
▲見よ!この素晴らしい成績を!


 私の学力は中学生レベルだった。
 英文を読んでも、単語の意味どころか発音の仕方さえもわからなかったほどだ。よく、英語の授業であてられて恥をかいたものだった。英文を読みながら考えていたことと言えば、この「once」という単語は何なのだ?「one」のようで異なるもののようだし、「at once」というのはさっき見た「once」とは違うのか?よく見かける「as」とは何だ?授業で触れられたような気もするが、そもそも聞いてもいねーからわかるわけもねーのだが、といったようなものだった。


 古文も似たようなものだったし、漢文に至っては読み方もわからなかった(今もわからないが)。現代文だけは得意科目だったが、古文と漢文が入れば偏差値はたちまち劣等生レベルという低落。
 勉強の出来ない奴が突然危機感を抱いてとびつく社会は、もっとも偏差値が低い科目だった。なにせ、「知るか」「知らないか」であらかた決まる科目なので、一秒も勉強してない私が点をとれるわけがないのだ。その上、模試のたびに日本史を選んだり世界史を選んだりと、落ち着かない始末。


 こんなバカが偶然大学に受かっても大した人間になれない。第一、英文もまったく読めない人間が大学の講義についていけるのか。必死こいてコスい努力で単位とっても、これでは大学で学ぶ意味がない。
 私はこのように自己と自己の将来を認識し、入試も受ける遙か前から浪人を決意していたのであった。


 それでも私は、一応上京して大学をいくつか受験した。しかし、両国予備校のクラス分けテストを受けに行ったようなものだったで、あとは池袋の街を徘徊して同人誌だの銃器の専門書だのを買い漁っていただけなのだが、一応受験会場にも足は運んだ。


 偏差値的に低いとされる大学の受験会場には、あきれた。バカばっかなのである。廊下はタバコの煙で充満してるし、話す内容も受験会場で話すことか?というものばかり。しかも、内容や言い回しも稚拙だった。
 入試問題は簡単。こんなの高校の授業で黒板に書いていたことそのままじゃねーか。期末テストか、これは(などと思いつつも答えられなかった。当然その大学にも落ちた)。
 このような大学に対し、私は四年間をすごし、そして一生を左右する基点とするなどとは考えられなかった。


 それに対して、同時に受けた法政や東洋のキャンパスは違った。
 タバコを吸う奴は少なかったし、話していることもくだんの大学と違って落ち着き、会話は技巧的で、ネタ自体も真摯であった。
 高校の3年間、一貫して第一志望だった法政に至っては、「こいつらタダ者ではないな」などと勝手に感じ取り、自分がアホに思えたものだった。
 私は、某大学に対して「私がいるべき所ではない」との思いを胸に抱き、東洋や法政のような大学こそが私にふさわしいとの結論に達しつつ、すべての大学に落ちた。


 大学に落ちたことに関して、なんら感慨らしいものはなかった。予定通りである。


 勉強は浪人してからでもできる。
 しかし、高校生という身分に於いて、高校という空間に存在し、その状況下で友とバカをやれるのは今だけだ。
 今は出来る限りのバカをやる。勉強は浪人してからすればいい。

今考えると、すげーヘンタイ的だ
▲幣舞橋のたもとで、忠誠の儀式を?


 これが高校時代を貫く、私の姿勢であった。
 私は自らの姿勢を貫き通し、予定通りに浪人することとなったのである。


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